episode3. 手は抜かない

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episode3. 手は抜かない

後日、某居酒屋で富永とサシで飲んでいた。 もちろん話題は、昨夜のハルとのことだ。 「それで?そんな壁ドンしといて口説き文句のひとつも言えず意味不明なこと言って帰った、と?」 「いや…まあ、正論だけど、そ、そんなゴミでも見るような目で見るなよ!」 「なあ頼む富永!こんなこと相談できんのお前しかいねえし…俺、どうしたらいいと思う…っ?!」 「はあ……まず謝れ」 「一応謝ったけど…LINEは完全無理されちまってる……」 「なら尚更会って謝罪しかないだろ。常識」 「てかまず許してくれるかどうかすら…あいつに嫌われたらまじで死ぬ…生きてけねぇ……」 「急なネガティブやめろー、てか、いつもお前は磯村に棘のある言葉言い過ぎな、逆に今の今まで嫌われてないのが奇跡ってもんや」 「でも今回はまじでやべえ!やらかした感があんだよ…」 「だったらそんなウジウジしてねーでさっさと謝ってこいよ?気色悪ぃな」 「と、富永こそ大概口悪くねぇか?!」 「気のせい気のせい、あってもお前だけだから」 数分もせずに、俺は居酒屋を飛び出し、腹を括り、ハルの家の前まで来ていた。 インターホンを押す指が震える。 まじで、どうしよ…… そわついて玄関前を歩いてみたり、かと言って中に入る勇気は出ず、ドアの前でしゃがみこんでみたり。 そうこうしているうちにも時間は刻々とすぎていくわけで。 押すぞ!! そう決意してインターホンに手をかざしたときだった 「ちょっと、なにしてんの…?」 声のする方に振り返ると、そこにいたのはハルだった。思わず声が上ずる。 ……これは、もしかしてチャンスじゃねえか?! 俺は慌てて立ち上がり、ハルの目の前に立ちはだかり、勢いよく頭を下げた。 そしてそのままの勢いで叫ぶ。 「昨日は俺が悪かった…少々、やりすぎたっつーか…ひでぇこと言った自覚はあんだ。まじでごめん」 「そんなこと言うために、僕の家うろちょろしてたの」 「ああ……ハル…許して、くれないか」 「絶対許さない」 「……っ!…」 その言葉に、好きな人に見捨てられる畏怖感が全身に走り、思わず顔を上げると 「って、言ったらどうする?」 笑顔でそう言うものだから、こんなに怖い天使がいるかよと思わされる。 「よっ……よかったあ…っ」 「あははははっ…!変なの~」 急に笑い出すので、何事かと思えば 「昨日のこと、そんな真剣に謝ってくるとは予想外だったから…びっくりしちゃって」 「おま……人が真剣に謝ってるってのに…っ」 「あははっ、ごめんごめん。…確か高校生のときもこういうことあったよね?ほら、喧嘩の原因は忘れちゃったけど取っ組み合いなって大喧嘩して、担任に1時間くらい説教食らったやつ」 「そ、そう、だな…」 「あと二年の頃も懐かしい…あのときは本当にあっちゃんに助けられたからね。」 そんなことまで覚えてんのかこいつ…懐かしいけど。 確かあれは、俺たちが高二の、大粒の雨が降っていた梅雨の時期─── どっちが早く彼女できるかって勝負始めて それで、ある時ハルがクズ男に騙されて付き合ってんのを風の噂で知った。 「先輩って、ゲイじゃないですよね。」 俺はハルが付き合いだしたという、3年の辻先輩という人を、放課後体育館裏に呼び出していた。 「そうだけど?」 「じゃ、じゃあ、なんでハルの告白OKしたんですか…?」 「えー?そんなんチョロいからに決まってんじゃん」 「は、は…?」 「だから~、ハルくんってばちょーっと優しくしただけで好きなってくれるじゃん?それに簡単にヤらせてくれそうだしさ、ボクの傍に置いておくだけの価値があるってこと♡」 「な…っ!!」 俺が胸ぐらを掴んでも、そいつは飄々とした笑みで言う。 「ちょっと、暴力はだめだよ~、ボクは校長の息子だよ?そんな僕に一生徒のキミが手を出したなら、退学だけじゃない。ハルくんのハメ撮りを土産に送ってやってもいいんだ」 俺はそいつの言葉一つ一つに反吐が出そうになり、気がつけば辻の左頬、右頬を交互に何発も殴っていた。 そこに、担任を連れたハルが現れて、暴走する俺を辻から引き剥がす。 担任は俺が説明しても「あの校長の息子だ、そんな酷いことをするわけが無いだろう!分かったら人のせいにするのはやめなさい」の一点張りだった。 その間、ハルは何も言葉を発さなかった。 それからの処分は、停学。 そしてその中で、反省文を書いてくることだった。 「それさえ書けば退学は免れる。向こうは『全て水に流す、怒りを買ってしまったボクも悪い』なんて言ってくれているんだぞ。」 職員室で担任に言われた言葉を思い出すだけで頭痛がした。 俺は、ハルを守りたくて 好きなやつを守りたくてしたことだった。 でもそれが、ハルや周りにさえ迷惑をかけてしまったのだと思うと、自分の阿呆さに嫌気が差した。 シャーペンを握っても、文字が書けなくなった。 なんであんなやつに、 反省文なんて書かなきゃならないんだ。 あいつは、ヘラヘラ笑ってハルを穢そうとした男だ。 『しょうもない理由で、辻さんを殴ってしまったこと、深く反省しています』 何も考えずに書いた文は、偽りだらけで吐き気がした。 紛れもない拒否反応だ。 俺にとってはしょうもない理由なんかじゃない。 手を出したのはいけなかったのかもしれない。 それでも、あんな男がハルの体にベタベタと触るなんて、想像しただけで憎悪が走った。 無垢なハルがあいつを信じきっているからこそ、その純情を弄ぶ気満々なあの男が許せなかった。 でもその結果が今だ。 なんでだ、どうしてだ 「ハルも、自分の彼氏をあんな殴られ方したんじゃ、もう俺とは友達じゃいてくれない、きっと」 両親さえ味方はしてくれなかった。当然か。 「どれだけ迷惑をかけたと思ってるの」 「ちょっと友達がからかわれただけで…みっともない」 「人様を…それも校長の息子さんを殴るなんて前代未聞だ!」 刃物が心の臓に突き刺さるように、俺にとってその言葉は強烈だった。 自室に篭っては反省文を書く。 でも、周りの声を聞いて、よくよく考えれば分かった。 俺が勝手に自分の正義振り回して、ハルや学校、両親に迷惑をかけたこと 俺のただの自己満だってことも、理解はできた。 「……もう、ハルと一緒に弁当食べたり、喧嘩したりすることもできないんだろうな。まあ…自業自得、か。」 そのときは本当に気が気じゃなかった。 書き終えるまではどこにも俺の居場所はない。 俺は独りぼっち、自ら孤立した憐れな奴。 この反省文を書かない限り、俺は…… そう思って、一心不乱に筆を握っていた でもそんなある日、転機は訪れた。 それは春の訪れを教えるように、桜が突然満開に咲くように 突然、ハルが家にやって来たのだ。 「は、ハル……っ、?」 何故、ハルが俺の家に、俺の部屋に入ってきたのか。 理解が追いつかずパニックになる 「ど、して…ここに」 「あっちゃんにどうしても伝えたいことがあって来たんだ」 「わ、る…悪かっ、た。お前の彼氏、殴ったことも、お前に迷惑かけたことも、ダサいことしたことも、全部全部俺のせいなんだ」 俺は握っていたシャーペンを床に落とし、頭を抱えて、命乞いでもするようにハルに謝り続けた。 それを止めるように、ハルは俺を抱きしめる 「ありがとう」 想像もしなかった言葉に、俺はハルと目を合わせながら固まった。 「な、んで、お前が俺に感謝なんか……っ」 「…あのとき、あっちゃんが、辻先輩を殴るに至った理由、本人から聞いたんだよ」 「は、ほ、本人からって…あ、あいつになにもされてないよな…っ?!」 「大丈夫だよ、僕が直接聞いたんじゃないんだ。つい昨日、先輩が他の奴生徒にそのことを愚痴ってるの聞こえて。それで、あのときあっちゃんになにも言えなかったこと、ずっと後悔してたんだ」 「……っ、…俺、本当にかっこ悪いな」 「そんなことない…!!あっちゃんは、俺を助けてくれたんだよ。だからさ…」 「いつもなにか一緒に勝負してたときみたいに笑ってよ、悪童っぽい顔してよ、泣いてないでさ…」 そう言って俺の涙を指で優しく拭うハルの手は、とても暖かった。 「お前こそ、泣いてんじゃねえよ…泣き虫」 「うん……いつもの、あっちゃんだ…ふふっ」 そこからは、よく覚えていないが、ハルは俺の心を救ってくれた。 それだけは強く印象に残っている。 それから10年以上経った今、そんなことを思い返していると、ハルが首を傾げて聞いてくる。 「え?本当にどしたの?」 「な、なんでもない」 「そう…?…ってそうだ、昨日の言葉も気になってたんだよね」 「昨日の、言葉?」 「ほら…僕のせいで15年間も人生狂わされた、とかいうやつ……?」 「え……いや、あれは、気にすんな。なんでもないし。俺もだいぶ酔ってたし、変なこと言ってお前に八つ当たりしちまっただけだから。忘れろ」 「そ、そう?ならいいんだけど」 そう言うと、会話が終わりに近づいているのがわかる。 だから俺はこのチャンスを逃すわけにはいかなく、声を上げた。 「あのさ!……ハル、今週末、暇?」 「え?…日曜日なら、いいけど…なんで?」 「じゃあハチ公前集合な。」 「え!ちょ、あっちゃん…?!」 拒否させないためにそれだけ言って場を去る。 今回のお詫びも兼ねてアイツの好きなスイーツを奢る。 完璧な計画だ。 まあ、理由付けてハルと一緒に出かけたかっただけだが。 なんとか約束は取り付けられた…よな
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