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「ねぇ、これ初めて動物園に行ったときの写真だよね? ライオン見て怖い怖いって泣いちゃったんだっけ。あ、こっちはさぁ……」
テーブルの上に開かれているのは、私が幼い頃からの写真を集めて作られた数冊のアルバム。
「理沙とはいろんなとこ行ったわねぇ。お父さんは昔から写真が趣味だったからどこへ行くのにも大きなカメラぶら下げて」
「そうそう、運動会や学芸会の時なんかフィルム何本も使っちゃってさ。今時みんなデジカメだってのに。でも逆にそれがいいらしくて私の友達もみんな父さんに撮ってもらいたがってたよね」
「懐かしいなぁ。お前の友達もずいぶん撮ってやったな。ま、明日も父さんがいっぱい撮ってやるよ」
「ダメよあなた、新婦の父がカメラ持って動き回ってちゃ。ねぇ、理沙」
母がそう言って笑う。そう、明日は私の結婚式だ。今夜は私がこの家のひとり娘として過ごす最後の夜。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないのか、理沙? 明日早いんだろ?」
「えー、父さんそんなこと言ってぇ。ホントはこうやって昔の写真見るの楽しいくせに」
父は「まぁそれはそうだが」と照れ隠しのようにコップのビールを飲み干す。私は、なかなか子供ができず諦めかけていた時にようやく授かった子供だったらしい。それもあってか、両親は溢れんばかりの愛情を注いでくれた。この写真の多さを見てもそれがわかる。アルバムを捲っているうち、ふと幼稚園での出来事が頭に浮かんだ。
「そういえば幼稚園にさ、何か乱暴な男の子いたよね? ちょっと太ってて坊主頭の……何て名前だっけ? 確かリョウタとか何とか」
「あら、そんな男の子いたかしら?」
「いたよぉ、いたいた。すっごく苦手だったもん。あ、小学校にも苦手な子がいたなぁ。おかっぱ頭でいっつも同じ赤いジャンパースカートの……ユミちゃん、だっけ?」
その子も覚えがないわ、と母は首を傾げる。
「そっかぁ。まぁ二人ともクラス替えだか引っ越しだかですぐにいなくなっちゃったけどね」
「理沙は人気者でお友達も多かったから気の合わない子もいたかもねぇ」
確かに当時の私はどちらかというと皆の中心で、友達も多かった。この辺りは新興住宅地で子供も多く遊び相手には事欠かなかったのだ。その一方で子供を狙う犯罪もよく発生していた。
「そういえばさ、あの頃子供の連続失踪事件なんかもあったね」
「あったわねぇ、母さん毎日心配したわ」
私と母が当時のニュースを話題にしていると父が「さ、もう遅いから寝なさい」と声をかけてきた。
「うん、夜更かしはお肌に悪いもんね。結婚式の写真は最高のコンディションで映らなきゃ。そろそろ寝るよ。と、その前に……」
私は立ち上がり、両親に向かって頭を下げる。
「お父さん、お母さん、本当にお世話になりました。私は明日お嫁にいっちゃうけど、いつまでもお父さんとお母さんのひとり娘だからねっ」
最後涙声になってしまい急に照れ臭くなった私は「おやすみ」と言い逃げるようにして自室へ向かう。最後ちらりと見えたのは目を真っ赤にした両親の笑顔。明日はきっといい結婚式になるだろう。私はそっと涙を拭きベッドにもぐりこんだ。
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