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「あの子、覚えてたのね」
押し殺した声で妻が言う。ああそうだな、と私は頷いた。
「佐藤亮太、だったな。最初の子。確かしつこく理沙にからんでたんだっけ」
「ええ、そうよ。絶対理沙のことが好きだったんだわ。幼稚園児のくせにませたガキ」
妻は鼻に皺を寄せ獰猛に言い放つ。
「私たちが留守の時、突然家に遊びに来たんだっけな」
「そうそう、強引に上がり込んできたんだと思う。それで理沙が大事にしていたお人形さんにイタズラしたみたい。人形の頬に落書きがあったから。それで怒った理沙は……」
――後ろから花瓶で思いっきり頭を殴った。
「ま、打ちどころが悪かったのね。非力な女の子の力でアッサリ死んでしまったのだもの。私たちが帰って来た時にはもう冷たくなってて、近くには割れた花瓶。その隣で理沙が眠ってた」
「ああ、そうだったな」
幼い頃から理沙は癇癪を起こすと手が付けられないぐらいに暴れ回る子だった。そして暴れ回った後は電池が切れたように気を失い眠ってしまう。目覚めた時には癇癪を起こした時の記憶はない。中学生になる頃からは徐々に感情のコントロールができるようになり、大人になってからはそうした症状は見られない。
「そうだわ、久しぶりに……」
妻は微笑んで立ち上がり書棚の奥から一冊のアルバムを取り出した。それは先ほど理沙と一緒に見ていたような立派なアルバムではない。ビニールの袋に差し込むような形の写真屋さんでもらえる小さくて薄っぺらいアルバム。普段は辞書の並んだ奥に隠してある。私と妻しか知らない、裏のアルバムだ。それを今まで見ていたアルバムの上に乗せて開く。
「ああ、この子ね」
妻が指差したのは幼稚園のお遊戯会の写真。理沙の隣に写っているのが亮太だ。
「で、こっちが鈴木由美」
次の頁にはランドセルを背負った赤いジャンパースカートの少女と理沙が並んだ写真が挟まれている。
「この由美とかいう子はええと、どうしたんだっけな」
「縄跳びで絞殺したのよ、あなた覚えてないの? 日曜だったからあなたも家にいて一緒に現場を目撃したじゃない。私達が気付いた時にはもう遅くて……理沙ったらもう死んでるっていうのにいつまでもキリキリと縄跳びを締めてた。でも仕方ないのよ、後から知ったんだけど理沙の上履きを隠したり机に落書きしたり、散々意地悪してたのはこの子だったらしいじゃない。どうせそれを理沙に自白したんでしょ。そりゃ怒るわよ。自業自得」
妻は嗤いながら赤いジャンパースカートの少女を指差す。
「ああ、そうだった、そうだった。理沙にはすぐに新しい縄跳びを買ってやったんだっけ」
私は懐かしく思い出す。持ち手がウサギの形になっている可愛らしい縄跳びを買ってやると、理沙は満面の笑みで「お父さんありがとう」って言ってくれたっけ。
「それにしても理沙、大丈夫かしら」
不意に妻が不安そうに顔を曇らせる。
「ん? 何がだい?」
「だってあなた……私たちが近くにいないと後始末する人間がいないじゃない」
確かにそうだ。理沙は何か気に入らないことがあると発作的に人を殺めてしまう。もちろん理沙は悪くない。悪いのは理沙を不快にさせた相手の方だ。幸い理沙にその時記憶はないのだから私たちが後始末をすればいいだけのこと。私と妻は万が一にも理沙が不快な記憶を取り戻さないよう、後始末した相手の写真を集めてこのアルバムにしまった。捨てればいいのかもしれないが、理沙も一緒に映っている写真を捨てたり破ったりするのはイヤだった。
「結局全部で五人、だったかな? 最後が小学校六年の時だろ? あれ以来落ち着いてるから大丈夫なんじゃないか?」
「そうねぇ。だといいけど。それにしてもこの辺りで子供の失踪事件が続いてくれててホントよかったわ。結局犯人は捕まらず、警察はそいつの仕業だと思ってくれてる。ついてたわね」
「うん、そうだね。やっぱり理沙は神様に愛されている子なんだよ、母さん」
もちろんだわ、と妻は微笑んだ。
「やっぱり明日は俺も写真を撮っておこう。……その写真が表と裏、どちらのアルバムに貼られることになるかはわからんがな」
私と妻は嗤いながら全てのアルバムを閉じた。ああ理沙のウェディングドレス姿、きっと綺麗だろうな。
了
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