わたしの天使

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「天使はいると思う?」 唐突に、香が聞いてきた。 会社帰り。真理は自宅の最寄りの駅でたまたま幼なじみの香と出くわした。 そこで、久しぶりとばかりに駅近くのカフェでお茶でもということになって、そのまま流れにまかせて目についたカフェに入り、席に着いたとたんの香りの一言だった。 「え?何よ。突然。いるわけないでしょ。」 真理はほとんど相手にせず、いいかげんに答えた。何を飲むか、オーダーに気を取られていたからだ。最近体重が気になるので甘いものはやめておこうとか、そんなことを考えながらメニューを見ていた。 「・・・だよね。」 そう言った香の声が少し気になった真理は、視線をメニューから香へ移した。 「どうしたの、香。天使とかって言うタイプじゃないよね。テレビかなんかの話?」 「ううん、そうじゃないけど。」 香が何か言いたげな表情を見せたので、真理は続きを待った。 しばらくして、香が意を決したように話し始めた。 「それがね、私、最近、天使が見えるようになったの。」 香は真顔だった。 ※※※ 「と、こういうわけなんですけど。どう思います?先輩、変でしょ。」 翌日の昼休み、真理は同じ会社で2期上の神谷けい子をランチに誘って、 昨日の香の話をした。 「その友人、香ですけど、そんな不思議なことを堂々と言うような子じゃないし、何より本人は真面目に天使が見えると思ってるんですよ。」 けい子がだまって話を聞いてくれるので、勢いにまかせて真理は話をつづけた。 「だいたい、天使なんているわけないし。万が一いたところで、そう簡単に見えるものじゃないでしょ。香があんまり真剣に言うもんだから、なんだか私もその気になりかけちゃいましたけど。香、大丈夫かな。心配なんですよ。」 「そうかしら。そう思っているのは真理だけで、実は見ようとおもえば意外と簡単に見れたりするのかもよ。」 と、それまで黙って真理の話を聞いていたけい子が、ふっと意味ありげにほほ笑んで言った。 「やだな、先輩。怖がらせないでくださいよ。怖いの苦手なんですってば。知ってるくせに。」 「別に怖がらせようとしてるんじゃなくて、ただね。ほら、あなたの横にもいるわよ、天使が。」 そう言って、けい子は真理の隣の席を指さした。 「え?」 真理が驚いてとなりの席を見ると、確かにそこに天使が座っていた。 天使は満面の笑みを浮かべて、 「やっと気が付いてくれた。良かった!!」 と叫び、真理に抱きついてきた。 「ど、どういうこと?」 突然の天使の出現とハグに、真理の思考は停止してしまった。 ※※※ そんな真理の様子を見ながら、やさしい2期上の先輩けい子は、当然のように話を進めていく。 「あのね、天使って普通にいて、いつも見守ってくれてるんだけどたいていの人は気が付かないんだよね。でも、何かの拍子で、気が付くことがある。 きっかけとして考えられるのは、そうね、昨日お友達に会ったからかな。 お友達の天使の力があなたに影響を与えたのかもね。」 「先輩、いったい何者なんですか?なんで、そんなことすらすらと。。」 真理はまとわりつく天使を払いのけようとするが、天使はおかまいなくじゃれついてくる。真理に触れることができることが本当に嬉しいようだ。 「いい天使ね。よかったじゃない。私もね、ある時を境に、天使が見えるようになったのよ。ちなみに私の天使は気まぐれで、いつもどこかをふらついてるけど、必要な時は必ず助けにきてくれるわ。いいやつよ。」 そう言って、けい子は誰かを探すように空を見上げた。 ーきっと夢だ。 真理は強く自分に言い聞かせた。でなければ、会社の同僚が先輩とグルになってドッキリをしかけているのかもしれない。そうだ、どこかで録画されてて、あたふたしている真理の映像を忘年会とかで流して笑いものにするつもりに違いない。て言うか、むしろそうであって欲しい。 自分は、天使が普通に見えるという世界をすんなりと受け入れられる器ではないし、これから先も受け入れられるかどうかわからない。 それに何よりも気に入らないのは、こういうものは、もっとドラマチックな出来事をきっかけに起こるものだろう。 真理はこんな状況にいる自分に、だんだん怒りすら覚えてきた。 いつもどおりの会社帰りに、偶然友達に会ってお茶をしただけだ。ただ、話の内容が普通じゃなかったというだけ。それだけで自分も天使が見えるようになるなんて、そんなストーリー、あまりにもあっけない。ぜんぜん面白くないではないか。 もっと命がけの、そう陰謀に巻き込まれるとか、タイムスリップするとかして、運命の相手と出会ってしまって、でものっぴきならない事情で泣く泣くひきさかれるような目に合うとか、なんかそんな凄い思いをしていく過程とかで天使とかが見えるようになる。 むしろ、それぐらいでなくちゃいけないでしょうよ。 「そうだっ!!」 真理は目を閉じ、 「どうか神様、目を開けたら天使見えなくなっていますように。」 と、自分でもいささか矛盾しているなと感じるような願い事を唱えてから、ちょっと間を置いて意を決して目を開けてみた。 が、天使は相変わらず横でニコニコ笑っている。しかも、 「やーん。真理っぺったら変なお願いしちゃって、おもしろーい。」と楽しそうにはしゃいでいる。 「真理っぺって・・」 真理は絶句するしかなかった。 「真理。天使はね、見えるようになっただけで、もともとあなたの側にずっといたのよ。まあ、慣れるしかないわね。私はわりと早い時期に見えるようになってたから、そんなに抵抗なかったけど。」 けい子が食後のコーヒーを飲みながら話を続けている。 「あ、それから、天使って別に魔法をつかうわけじゃないから。アドバイスをしてくれる存在っていうか。考えようによっては、一番の親友かも。それからね、天使って・・・・」 「・・親友?」 けい子の話を聞きながら、自分の意志に反して意識がどんどん遠のきはじめていくことを真理は感じていた。 同時に、天使についてペラペラ話し続けるけい子の声も、じゃれて真理にまとわりつく天使の声も、どちらも薄れゆく意識と同様に徐々に小さくなっていく。 ーああ、これは、もしやお迎えってやつ? 真理は深い眠り中に吸い込まれていった。 ※※※ 気が付くと、真理は電車の中だった。窓の外は暗い。遅い時間の電車。もしかして、と思いスマホを見ると、日付があの日になっている。最寄り駅で電車を降りて、たまたま香に会ってお茶をした、あの日だ。 真理は今、自分がどこにいるのかも確認した。降りる最寄り駅はまだ先だった。 ーやっぱり夢か。 真理はほっとして座席のシートにもたれかかった。電車の中で眠ってしまって、変な夢を見たのだ。それはそうだ、天使が見えるなんて、おとぎ話の世界の話だ。しかも、なんの冒険もなく見えるようになるなんて。何よりもそれが一番悔しい。やっぱりおとぎ話はドキドキしないとつまらない。   ーまあ、でも夢で良かった。 と思考がひと段落した時、 「楽しい?」 と、どこかで聞いたことがある声がした。 恐る恐る顔を上げるとそこに、さっきまでみていた夢の中で、いや、「夢だったと信じたかった夢」の中で、真理にじゃれつていた「真理の天使」がいた。 夢なのか現実なのか、真理は自分に問いかけた。 ーああ、きっと現実だ。 「どうも・・・よろしく、お願いします。」 真理は思わず天使に頭を下げていた。 他にどうリアクションをしていいか分からなかったからだ。 すると、嬉しそうに微笑んで天使がまたもや勢いよく真理に抱き着いてきた。 「もちろん、よろしく!まりっぺ!!」 真理にとって、今度のハグは居心地が良かった。 真理と天使は最寄り駅で降りた。 ※※※※ 香がいた。 「あ、真理・・それって・・・」 「ええ、あ、まあ。わたしも、どうやら、ね。」 お互いにそれぞれ連れの天使がいる。 香と真理は微笑みあった。 その後は4人でお茶をした。 「とにかく不満なのは、ドキドキがなかったってことよっ!!」 真理は延々とぼやき続けた。
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