金木犀

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 その後、どんな反応をしたのか。自分でも覚えていない。  何の病なのか詳しくは話してくれなかったが、とにかく彼女は余命宣告を受けていた。  両脚が治る頃には憔悴(しょうすい)しているだろうとのことで、つまり彼女はもう2度と歩くことができない体なのである。  彼女は大怪我の治療に専念したのちに、病の治療にも取りかかった。  助かる見込みは、ごく僅か。みるみるうちにやつれていく彼女だったが、それでも顔を合わせると可愛らしく笑ってくれた。 「腕は動くようになったから、なんとか、ね」  そう言い、彼女は再び筆を動かしていた。私はその中身を決して読まず、それでも彼女の隣で様子を見ていた。 「彼氏は見舞いに来ないの?」 「だから違うのよ。……こういう状態になると来なくなるような、浅はかな人なのよ」  そう淡々と言い、彼女は筆を止めて私を見つめる。 「髪、真っ直ぐに戻してくれたのね」 「……巻くの、面倒になった」  そっけなく返すと、ふふっと彼女は笑って再び筆を動かし始めた。  ――――病床にある彼女の作品は話題となり、やがてメディアに取り上げられるようになった。  病と闘う可愛くて不憫な18歳の女の子。そして紛れもない文才。話題にならないはずが無い。彼女はやつれてもなお、眩しい人生を送っていた。  悔しいのならば、離れたらいいものを。私はまだ、彼女と顔を合わせる日々を送っていた。 「もうすぐ秋になるわね」  すっかり痩せ細った彼女は、ベッドに横たわってそう言った。  転落の後遺症と病の治療により全身が痛んで手も震え、まともに書けない体となっていた。  医療に詳しくない私でも、見たら分かる。  きっともう、彼女は長くないと。  彼女は大学生になった私を見上げ、「ねぇ」と微笑む。 「庭に、金木犀が咲くの」 「まさか、私が集めるの?」 「集めてくれたら。あなたの作品を、ひとつ読むわ」  そんな言葉で喜ぶと思うのか。私は顔を歪めていたと思う。  けれど、いつも。  (よみがえ)る思い出に、私の物語を読んでくれた彼女の横顔があったのだ。  何度も懐かしんだ思い出を握りしめるように、(こぶし)をつくる。 「……わかった。その代わり、生きている間に読み切りなさいよ」
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