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インターホンを鳴らすと、扉から顔を出したのは彼女の祖父だった。
「麗子の友達か?」
彼女の家の場所も知っていたが、彼女の家族とはあまり面識は無かった。彼女は「家は窮屈で嫌なの」と言い、招いてくれなかったのだ。
「友達……です」
迷いつつそう答えると、彼女が入院している病院を教えてくれた。食事は取れるとのことだったので、質素ながら見舞いの菓子を持参した。
様子を見たら、直ぐ帰ろう。
そう呟きながら、彼女の病室の扉を叩いた。
「あっ、嬉しい。私の好きなお菓子だ」
彼女はベッドの上で無邪気に声を上げたが、病室に入った私はそうもいかなかった。
「えっ……脚と、腕? 頭? 包帯、だらけじゃん……」
「脚は折れたの、両方。腰の骨もちょっとダメ。頭も打ったけど大したことないって。腕はヒビ入っちゃった。これでも軽症だって言われたのよ、微塵も動けないけれど」
「ごめん、直ぐ帰る」
思わず踵を返そうとすると「なんでよ」と彼女に引き止められた。
「ここに来たってことは、私と少しは話したかったんじゃないの?」
無言のまま立ち尽くした時、ふとベッドの隣の棚にあるガラス瓶が目に入った。
「……金木犀?」
眉を顰めると、彼女は「そうよ」と、その瓶に目を向ける。
「金木犀。秋になったら集めてるの。大好きだから」
なかなか大きなガラス瓶だった。直径が手のひらの大きらもある丸底の瓶に、金木犀の花がふんわりと積もっている。
近寄ると、ほんのりと金木犀の独特な香りが漂った。
「何年もずっと集めてるの。シリカゲルをまぶして、ドライフラワーにして、乾燥したら瓶に詰める。毎年やってるの」
「小さい花が、こんなに、たくさん……」
「集めるの大変だったのよ。使う目的はないけれど、私の宝物。乾かす時に香りが飛んじゃうから、結局は金木犀の香水を使って香りを付けてるんだけどね」
彼女から漂っていた香りの謎が解けて、納得した。
「隠してたわけじゃないの。話したところで盛り上がらない趣味だと思ったのよ」
「これ、骨を折っても守りたいくらい……大切なものなの?」
「誰から聞いたの?」
目を丸くした彼女を、私は見つめる。
「クラスの子が話してたよ、噂が広がってる。……彼氏もいたんだね」
「彼氏というか……あっちが勝手に言ってきたのよ。私は誰とも付き合ってない」
予想だにしない返答に今度は私が目を丸くしていると、彼女は「ねぇ」と呟いた。
「私、もう学校行けないから」
「その怪我じゃ、しばらく出席できないもんね。転校とか?」
彼女は薄茶色の瞳を細め、微笑んだ。
「死ぬの、私。……別の病気がね、見つかっちゃって」
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