半分この甘露

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 大学に進学した俺は、遊びを知りたかった。いろんなサークルや部活の勧誘を受けたが、奇妙な名前のサークルがあった。 『馴れ合い上等の会』  どういう趣旨の集まりなのか、まるっきり分からなかったんだが、主宰する先輩が親しげに言うには「要は友達を作りましょうってことさ」と、笑いながら俺の肩を叩いた。そうか、友達か。まさしく俺のためにあるようなサークルじゃないか。即断即決で、そのサークルに入ることに決めた。  ところが、だ。結論から言おう。そのサークルはいわゆる「ヤリサー」だった。つまり、理由なんぞは二の次三の次で、とにかくセックス、セックス、またセックスの日々。当然俺は童貞だったわけだが、戸惑う間もなく先輩に筆下ろしされ、愛や恋を知るより先に、一発で肉欲の虜になってしまった。かろうじて留年はせずに済んだが、在学中の四年間で関係を持った女の数は、二十人から先は覚えていない有様だった。ただれきった日々だった。何も知らない新入生の女子を泥酔させて抵抗できないようにして、複数で犯すなどという卑劣なこともやった。警察沙汰にならなかったのは奇跡的だった。これは後で知ったことだったが、サークルのOBに、警察方面に顔の利く人物がいたらしい。俺の大学生活は、このように肉色一色。勉強の事なんざ、まるっきり覚えていない。ストレートで卒業できたのは、やはり奇跡に近かった。  やがて、人並みに就職することになった。就職活動はそれなりに真面目にやったが、うまく行かなかった。自己アピールの材料に乏しすぎたせいかも知れない。まさか面接で「ヤリサーに入って毎日セックスしてました」なぞ言えないし。ただ、何十社か受けた中で、一カ所だけ内定がもらえた。小さな商社だった。別にどこでもいいと思って、その会社のことをろくに調べなかったのが、さらなる不運だった。その会社はブラック企業の典型のような所で、安い月給で、残業代も休みもなく、馬車馬の様に働かされ、日に日に摩耗していった。「死」の一文字を次第に脳裏へ描きつつ。 *  ――あーし、いや、あたし、多賀能祥智のギャルな風貌は、仮の姿だった。濃い化粧も、悪趣味なアクセサリーも、言葉遣いも、学校という戦場を生き抜くための「武装」でしかなかった。卒業を機に「戦い」は終わり、あたしは「武装」を解いた。金色のツインテールだった髪は亜麻色のストレートに変えた。目玉の髪留めは捨てた。マニキュアを含めたメイクは、控えめなナチュラル系にした。ギャル仲間とは思い切って縁を切った。全ては、自分の夢を追うためだ。高校では、軽音楽部に所属していた。ギターを担当し、鼻に掛けるつもりなんか無いけど、部内でもかなりの腕前だった。でもあたしは、エレキギターよりもアコースティックギターが好きだった。家では、お小遣いを貯めて買ったアコギを必死になって練習し、同時に、作曲と作詞を続けていた。そう。あたしの夢とは、シンガーソングライターになることだ。大学に行く気はなかった。と言うか、家がさほど裕福ではなかったから、大学進学はできない家庭の事情。娘の夢を聞いた親は、大反対した。それはそうかな、とは思う。芸能関係なんて、不安定の極みのような職業だし。両親と大げんかをした結果、あたしは家を出て、安アパートで一人暮らしをすることになった。でも、余計な雑音が消えたのは、かえってよかった。動かなきゃ。まず、ストリートミュージシャンから始めることにした。終電も近い夜中。シャッターの降りた地下街の一角。ギターケースをおひねり入れにして、自作の曲と歌を披露した。でも、誰も注意を払わなかった。まだ、悪く言ってしまえば「ボッと出の、掃いて捨てるほどいる、その他大勢」でしかなかったから。でも、あたしはめげなかった。昼間はバイトで生活費を稼ぎ、休日はひたすら作詞と作曲をし、深夜に歌った。真剣な努力を裏切るほど、どうやらこの世界は残酷にはできていないらしい。一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年目を迎える頃。深夜のあたしの周りには、幾重にも聴衆の人垣ができるようになっていた。おひねり入れのギターケースも、かなりの金額が入っていた。歌う歌は、我ながらどうかな? とも思うけど、すごく一途なラブソングがメインだ。聴衆の年齢層も、幅広かった。文字通りの老若男女が、あたしの歌を聴いてくれた。確かな手応えを感じて、幸せだった。初めてこの場所で歌い始めてから、五年が経っていた。さらなる目標があった。自前のアルバムCDを作ることだ。そして、どういう経路でもいいから、尊道君に聞いて欲しかった。それこそが、到達点だ。高校の卒業式で彼からもらった制服の第二ボタンは、まさしくの宝物で、勇気をくれるお守りだった。  けど、功を焦ったのが、間違いの始まりだった。もう少し腰を据えて、レコード会社の目に留まるのを待てばよかったものを、自費でアルバムを作ろうと思い立ったのだ。当然、そのためには相当な金がかかる。悪く言ってしまえば固定ファンを得て「いい気」になっていたあたしは、「手っ取り早く稼げる方法」として、パパ活、要は援助交際に手を出した。相手の募集は簡単だった。マッチングアプリに登録すれば、入れ食い状態だった。プラトニックなデートごっこもあれば、カネが余って仕方がないのか、あたしにはまず縁がないような、高級フレンチレストランでフルコースのディナーをおごってくれる男もいた。当然、肉体関係を迫ってくる相手もいた。あたしは、カネを引き換えに、何人もの男に身体を許した。ちなみに処女は、いつか尊道君に抱かれる時に、面倒がられたくないと思い、高校時代に言い寄ってきた別の男子にくれてやった。でも、キスだけは一貫して頑と拒み、死守した。それでも良心の呵責は皆無ではなかったけど、全ては夢のため。尊道君のため。大いに、大いに大いに、あたしは自分を欺いた。パパ活と夜の演奏活動の収入で、バイトをせずとも裕福に暮らせるようになった。銀行の預金残高は倍々ゲームの様に増え、目標の達成は、もうじきだと思われた。  でも、神様が気まぐれで放った炎の矢が、ある夜、あたしの胸に深々と突き刺さることになる。
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