半分この甘露

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 ――祥智は、正式にデビューした。デビューアルバムのタイトルは、『半分この甘露』。地下街で歌っていた頃と全く変わらない、純粋な愛と、ひたむきさと、真面目さと、想いの詰まったアルバムだった。表題曲は、ズバリ俺との再会に至るまでを歌ったもので、かなり面はゆかったんだが、いい曲だった。ともあれ、ミリオンセラーとまでは行かなかったが、アルバムは堅調な売上を見せ、新作のリリースを重ねるごとに、祥智のシンガーソングライターとしての地位は固まっていった。四枚目のアルバムが出た頃、祥智と結婚した。互いに多忙だったが、決してすれ違うことなく、大切に、二人で家庭を守った。これは後日の話になるが、彼女との間に、男の子を一人授かることができた。我が子ながら母親譲りの豊かな感受性を幼少期から持っており、その息子も、祥智と同じ歌手の道を志し、やがて立派に大成することになる。それよりも、平和で穏やかな家庭を持てたことが、嬉しかった。抑圧まみれの自分の過去。親父と兄貴に縛られっぱなしで、安息とはかけ離れていた、あの地獄のような家庭環境しか知らない俺にとっては、まさしく長年の夢が叶った瞬間だった。決意した。この平和を守り抜こう。それが自分の生涯の使命だ。そのためなら、どんな努力も厭わない。  それはさておき、冬のある日の、二人でのデート中。ふと、祥智が言った。 「ねえ、あの日みたいにさ、また、肉まん半分こしない?」  拒否する理由なんぞない。コンビニに二人で入り、あの時と同じように、肉まんを一つ買う。熱いところを半分に割り、祥智に渡す。 「はむっ、もむもむ……おいしいなあ♪」  幸せそうにかぶりつく祥智の顔を見ているだけで、十分幸せだった。そういえば、彼女が歌っていた「半分この甘露」とは、あの日の肉まんのことだそうだ。なるほど。  外は、粉雪が舞い始めていた。だが、今また食べている「半分この甘露」が、何よりも、何よりも暖かかった。 ――了
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