ワーズテック動物園へようこそ

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「え?あ、あぁ、いいんじゃないか。それでいいと思うぞ」 「今、エスカープの体長が80インチだとしたら……80インチってのは水槽の中に設置されたオブジェとの比較で割り出せるからね。逃げた回数nを求めるには、このハーモニック級数を解けばいいのか」 息子はせわしなく指で手の平をなぞりながら、計算を進めた。 「元のエスカープの体長の平均が……だから……ハーモニック数は〔Hn≈ln(n)+0.577〕のように近似できるから、これを使うと……」 「ち、ちょっと、水族館ゾーンの建物を出たところに、この動物園の一番の人気動物が展示されているって案内があるぞ。見に行こうじゃないか」 父親はやや慌てた様子で口をはさんだ。 「お前はすごいなぁ、学校の算数が得意だもんな」 とやや圧倒された様子で面目を取り繕った。 「あれ、お父さんには少し計算が速かったかな。ごめんなさい」 息子は申し訳なさそうに言い、もう一度巨大な水槽を眺めた。 巨大な水槽のオブジェの間をゆったりと進むエスカープは漫然と漂い、まるで逃げた回数をその証の勲章として、巨大な鱗を誇示しているかのように父子を見送った。 水族館ゾーンの建物を後にした父と息子は、建物を出たところにある新たな展示室の前に近づくと、そこにはちょっとした人だかりができていた。観衆の目は、その向こうにある特別な展示に釘付けになっている。 ガンバリジスク。ワーズテック動物園の最大の呼び物であるこの生き物は、猛禽類の体に羽毛の付いた冠のとさかがある蛇の頭部を持つという異様でありながらも威風堂々とした姿で、今はその大きな体を丸めて深々と眠っていた。 「見て、お父さん!」 息子の声が興奮に満ちて響く。 「あれ、ガンバリジスクじゃないの⁉」 父親は「ああ、そうだとも!」と頷きながら周囲の人々を見回し、展示室の前に進んだ。 男の子の目は好奇心で満ち溢れ輝いていた。
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