『しあわせあつめ』

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──『しあわせあつめ』とは、子供たちの間でまことしやかに囁かれている噂。曰く「幸せなことが起きた時には透明の星屑が降ってくる。それを集めて瓶詰めにして毎晩祈るとなんでも願いを叶えてくれる」のだそうで。 「はぁ?……アンタねえ、そんなの作り話でしょ」 「違うよ、ホントにおほしさまのカケラが降ってきたんだって!クラスの友だちが見せてくれたんだよ、すごーくキレイだった!おねえちゃんにも見せたかったなあ……」 私も歳の離れた妹から聞いたときにはずいぶんと荒唐無稽な話だと思ったが、その噂は小学生の間ではかなり流行っているらしく妹も小瓶を手に大きな瞳を輝かせて「わたしもお願いをかなえるんだ!」と意気込んでいた──だが、小瓶には栓がない。妹よ、それじゃ集めても零れる。零れたら意味がないぞ。 こうして妹の『しあわせあつめ』の日々が始まった。 「しあわせって何だろうな〜……」 とある日、妹は言った。 「やっぱり、すっごーく頭が良くなるとか?」 また別の日、妹は言った。 「それとも、足が速くてスポーツ万能になるとか?」 そのさらに数日後、妹は言った。 「あっ分かった!お菓子作りが上手になるとか!」 妹は思いつく限りのことを実践した。苦手な教科も私に聞きに来て分からないところを減らそうとしたし、体育の授業では運動全般が不得手だがなにごとにも一番初めにやりたがった。その結果で周りに「お調子者」と言われてもへこまずに笑っていた。ちなみにお菓子はなぜか毎回奇怪な代物が出来上がっていた。レシピ通りに作ってもなぜかしら味が違う。妹よ、可愛らしい笑顔で持って来ても姉は騙されないぞ。食べるなら一緒に食べよう。 だが。 「またダメかぁ……」 どれだけ取り組んでも、頭を悩ませても、星屑はいっこうに降ってこない。妹は陽に向かわぬ夏の花のように日に日に項垂れ覇気を無くしていく。私は可哀想な妹を前にして「だから作り話だって言ったのに」なんて追い打ちをかけるような真似は出来なかった。 なんとかして意気消沈している彼女を元気づけたい。 その一心で、私は妹にとある言葉を投げかけた。 「……あ〜、その、さ。お星様のカケラは見えなかったけど、ここ最近のアンタは苦手なことにすごく頑張って向き合ってたと思うよ。勉強も、運動も。普段だったらすぐ『もうやだー!』って音を上げてるじゃん。 偉いよ、ホントに。頑張ったから今日はアンタの好きなおやつをなんでも作ってあげる。リクエストをどうぞ」 少々の気恥ずかしさと共に肩を竦めた──その瞬間、視界にいくつもの光が爆ぜた。 「……っ!」 不意の眩さに耐えかね固く瞼を閉じる──少ししてそろそろと開いた先、蛍光灯の明かりを受けて煌めく硬質な透明の粒が、いくつも、いくつも降ってくる。そのうちのひとつが優しく頬を撫でて床へと落ちた。こつこつ、ころり。 「アンタ、これ……」 私が驚きに言葉を失くしていると、妹は目を輝かせてそれを拾い集めていく。ひとつひとつを指先でつまんで、光に透かし、にっこりと笑って小瓶の中に詰めていった。 それを飽きもせず繰り返した先、小瓶は星屑で埋まった。 そして妹は、嬉しそうにその小瓶を私に見せてくる。 「やった!おほしさまのカケラだよ、おねえちゃん!」 「──……あ」 そのとき、私の中でひとつ腑に落ちることがあった。 苦手なことを頑張って出来るようになるのももちろん幸せのうちのひとつだ。自分の自信に繋がるし、周りの見る目も変わってくる。そこまでの苦悩や苦労も胸を張れる自分になるために必要な出来事なのかもしれない。 ただその過程を知る近くの人間がなにも言葉をかけなかったら、辿り着いた先の景色がどれだけキレイでも心のうちの鮮やかさはどんどんくすんでいくんじゃないだろうか。 自分自身の頑張りは自分が一番よく見てる。 でもそれはそれとして。周りの「頑張ったね」の一声があるだけでも、見える景色に射す光は変わってくるはずだ。 いまの妹のように。 ……私はひとつ、尋ねた。念願の星屑を集められた妹へ。 「……で、そのお星様のカケラには何を願うつもり?」 「それはもう決まってるから大丈夫! 『おねえちゃんとずっと仲良く居られますように』!」 小瓶からも、両腕からも。 溢れんばかりのしあわせを、毎日に。
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