第2話 夢の修理屋ですしおすし

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第2話 夢の修理屋ですしおすし

「いきなり何すんのよ!」  ひしゃげてしまったフェンスから、ヨロヨロと立ち上がってはみたのだけれど、派手に吹っ飛ばされたというのに痛みはなかった。そうか、ここ、夢の中だった……。 「夢だと気づくのは良いお……」  またもや背後に立ったパンダが、耳元でささやく。アタシのおしりを触りながら。 「いや、本当は駄目だけど、気づいてしまったものは仕方ないお」  振り向きざまに放った拳が、今度もかわされて空を切る。 「でも、それを口にしちゃ駄目だお。いい?」  変態パンダが人差し指を立てて、自らの口元に添える。キザな仕草が似合わない……だってパンダだし。  パンダを殴ることをあきらめ、とりあえず素っ裸を何とかしようと試みる。着ようと思えば着られる……パンダはそう言った。服を思い浮かべてみたけど、巧くいかなかった。 「ねぇ、服着たいんだけど。思い浮かべれば良いの?」 「服を思い浮かべるってより、服を着ている感覚を思い描く感じだお」  言われたとおりにやってみる。服の肌触りや、着てるときの感触を思い起こす。できるだけリアルに、できるだけ具体的に……。  おぉ! 巧くいった……。でも、アタシの体を包み込んだものは、うちの高校の制服だった。 「な、なんで制服なのよ! もっと可愛い服がいいよ!」 「着たことがない服は難しいお?」  変態パンダに反論できず歯ぎしりしてしまう。 「アンタ何なの? なんでパンダなの? なんでパンダがしゃべってんの?」 「質問は、ひとつづつにして欲しいお……」 「んじゃ、名前とかあんの?」  パンダは待ってましたとばかりに、戦隊モノのようなポーズを決める。 「キャプテン・ウイングだお。夢の修理屋ですしおすし……」  きっと本人的には、クールにキメたつもりなのだろう。だが、どれだけキメようがパンダだ。しかも口調がやけにヲタクっぽい。 「親しみを込めて、『翼くん』って呼んでくれても良いのだぜ!」  握った拳の親指をピンッと立てると、ニカッと笑った口元に白い牙が光った……ように見えた。それでもやっぱり、どうにもキマらない。だってパンダだし。なんかヲタクっぽいし。 「アタシは……」  自己紹介しようとした言葉を、キャプテンがさえぎる。チッチッチと舌を鳴らしながら、目の前に人差し指を立ててメトロノームのように振っている。 「知ってるお。相川アイコ、一六歳、乙女座。好きな食べ物はカレー、嫌いな食べ物は野菜全般。好きなアーティストは YOASOBI 、嫌いなアーティストは……」 「待って! ちょと待って!!」 「なんだお。ココからが良いところなのに……」 「なんでそんなこと知ってるのよ!」 「なんでって、修理屋ですしおすし」 「何なのよ、その修理屋って?」 「修理屋は修理屋だお。壊れた夢を直すんだお」  そんなことも知らないのかとでも言わんがばかりに、キャプテンはため息をついて説明を始める。  そもそも夢というものは、無意識の深い部分を人類で共有しているのと同じように、人類間でつながっているのだそうだ。いや正確には、睡眠によって意識が深い共有レベルまで降りてきたときの記憶こそが夢だというのだ。なるほど解らん……。とにかく、全人類の夢ってのは、どうやらつながっているらしい。  そして、夢は壊れるものでもあるらしい。さらに夢を壊す存在ってのも居るらしい。  だからキャプテンのような、修理屋が存在している。夢から夢へと渡って壊れた夢を直す。修理に必要な情報は、夢から読み取ることができる。例えば、アタシの名前とか歳とか好きなものとか……。 「壊れてるってこと? アタシの夢」  キャプテンが、深くうなづく。 「アイコが夢であることを認識してることが、何よりの証拠なんだお」  いきなり呼びタメとは、馴れ馴れしいパンダだ。 「どこが壊れてんの?」  問われてキャプテンは、高台の上を指差す。 「観覧車!?」  高台にそびえる観覧車は、この場所からではよく見えない。何事が起こっているのかと目を凝らしてみると、知らぬ間に観覧車のそばまで移動していた。夢、便利じゃん。  すでに日は西に落ちてしまったけれど、観覧車はライトアップされて薄闇の中に浮かび上がっている。それに観覧車の全面に配された色とりどりの電飾も、観覧車の存在を際立たせていた。  目を凝らしてみると、電飾の間に黒くうごめく存在に気づく。握りこぶしくらいの大きさはあるだろうか。どうやら影はひとつだけではなく、無数の影がうごめいていることが判った。 「夢喰バグだお」  うごめく影に一番似ているのは、カミキリムシみたいな甲虫だと思った。こぶし大の無数の巨大甲虫がびっしりと観覧車に取り付いて、鉄骨をかじり続けていた。
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