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ビデオテープに記録されていたのは、一人の少年を、その子の父親が撮影した映像でした。以下は会話の内容です。
「このお花だよ!」
「これは持ち帰れないな」
「なんで? きれいだよ」
「うん、綺麗なんだけど、これは彼岸花っていって、持ち帰ると縁起が悪いんだ」
「なんでえんぎが悪いの?」
「持ち帰ると、家が燃えちゃうっていわれてるんだよ」
「そうなんだ、じゃあさっきの花は?」
「さっきのはいいんじゃないかな?」
「じゃあ、とりにいこう!」
衝撃を受けました。鳥肌が立ちました。これが知らない人の映像だったからです。いや、厳密に言うと知っているのです。私の幼少期の記憶に住みついた知らない人たちの中の一人、「かいとくん」のものでした。
もしかしたら、私が覚えている誰かの幼少期の記憶が、他のビデオテープにも記録されているのではないか。そう思い立った瞬間、不意に視線を感じました。
母です。母がこちらを向いていました。母の口角は上がっています。笑顔です。初めて見た母の笑顔です。喜ぶべきなのです。それなのに、吐き気が込み上げてきます。不気味に感じてしまうのです。
笑い慣れていない彼女は、口角を上げたことにより、唇がひび割れ、血が滲んでいます。そして、目が異様なほどに泳いでいます。
さらに母は、恐怖で震えている私の手に触れてきました。彼女の手はあまりにも冷たく、私は咄嗟に手を振り払います。勢いよく振り払ってしまったのです。その瞬間、嫌な音がしました。障子が破れるみたいな音です。
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