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第1話 一週間後
上松組の跡目争いに端を発した巨大抗争から一間。《中立地帯》は荒廃したまま復興は遅々として進んでいなかった。
もともと二十年前から時が止まったまま荒れ果てている街だったが、それでも何とか生活できていた。
でも、今はただ生きていくだけが難しい。あちこちでビルは倒壊し、そこらじゅう瓦礫だらけだ。一面、焼け野原と化してしまった場所もある。
街を焼いた炎も、いたるところで燻り続けている。その大半は人力で鎮火したものの、消火設備が不十分のため、どうしても対応しきれない場所が残っている。ただ、このまま自然消火するのを祈るしかない。
そんな中、途方に暮れた人々が幽鬼のように彷徨っている。それも一人や二人ではない。住む家を追われたり職を失った者も多く、路上にはホームレスとなった人々が溢れていた。
彼らは生活に困窮しており、朝昼晩と行われる行政主導の炊き出しに長い列を作る。電気、ガス、水道が寸断されているのはもちろん、ごみ収集も滞り、衛生問題も深刻化する一方だ。
さすがにここまでの事態になると暴れ回る体力もないのか、ゴーストによる抗争は激減した。
しかし、物資の取り合いや避難生活のストレスによる諍いは後を絶たず、そのたびに《死刑執行人》が駆り出される。ほかにも医療支援や瓦礫の撤去、消火の手伝いなど深雪たちのやることは盛だくさんだ。
そういった仕事をこなす合間に、知人友人の安否も知ることができた。
帯刀火矛威と火澄の親子は《紅龍街》に身を寄せており、無事だという。
花凛や俊哉、《ニーズヘッグ》や《百花繚乱,S》などストリートで親しくなった面々は抗争に一切かかわらず、大きな怪我もしてないらしい。とはいえ《ニーズヘッグ》とは相変わらず断絶状態なので、人伝てに聞いただけだが。
東雲探偵事務所の建物も暴動に巻き込まれることなく無事だった。雨宮マコトや碓氷たちが事務所を守ってくれたからだ。おかげで琴原海や轟寧々、朝比奈小春にも危険が及ぶことはなかった。
ただ、オリヴィエの所属する教会や孤児院は一部が破壊され、設備や物資などが盗まれてしまったらしい。人的被害が無かったのが唯一の救いだという。
同様のことは石蕗診療所でも起きていた。病室が荒らされ、医療品や医薬品が強奪されてしまったという。報せを受けて深雪たちがすぐに駆けつけたため、入院患者に害が及ぶことはなかったが。
どうやら《Zアノン》信者が大暴れするのに紛れて、かなりの数の強盗や火事場泥棒が暗躍していたらしい。
それらの被害を最小限に抑えられたのは、《死刑執行人》の事務所が連携していたことも大きい。もし《死刑執行人》がバラバラに動いていたら、もっと暴力や犯罪行為が蔓延っていただろう。
ちなみに連携の要となったマリアのアプリ――《らびなび》は復興作業をする上でも大いに役立った。互いに情報を共有できるため、人手が不足している場所に効果的に人員を配置できたからだ。
一方、上松組兄派を壊滅させた《Zアノン》信者は、上松大悟やその妻子、義父である天海龍源の死が確認されてから急に大人しくなった。
まるで夢から醒めたかのように、ぱったりと街から姿を消してしまい、今ではZ旗を目にすることすらない。
抗争鎮圧の手間が省けるのは助かるが、それはそれでかえって不気味だ。なぜ突然、彼らが暴れるのをやめたのか。その理由が分からないからだ。
《Zアノン》信者は上松組兄派を嫌悪していたが、それは兄派の存在が彼らの理念や理想に背いていたからで、決して兄派の壊滅が最終目的だったわけではない。
たとえば《収管庁》や《死刑執行人》も同じくらい《Zアノン》信者に嫌われていたが、そちらはほとんど無傷だ。
《Zアノン》信者たちがまたいつ、何がきっかけで爆発するか分からない。引き続き注意が必要だ。
それに問題は《Zアノン》信者だけではない。流星によると大規模抗争以降、ゴーストと一般の人々の間で摩擦や諍いが増えているという。
「……《監獄都市》で暮らす一般人たちは普段はほとんど不満を口にしないが、『自分たちはゴーストに生活や命を脅かされている』という怒りを常に抱いている。まあ無理もない話だがな……今回の暴動で、とうとう堪忍袋の緒が切れたんだろう」
流星は渋い顔で溜め息をつく。深雪もまた眉根を寄せた。
「……それはちょっと気になるね。この街はただでさえ問題ばかりなのに、ゴーストとアニムスを持たない一般人とで分断してしまいかねない」
「暴動も厄介っちゃ厄介だが、まだ力づくで抑えつけることができる。だが心理的な壁は一度できしまうと、取っ払うことが難しいからな」
流星の言う通りだ。抗争は鎮圧してしまえば終わりだが、感情のもつれはそう簡単にはいかない。心の溝は目には見えなくとも、必ず積み重なっていく。表面化していない問題だからと放っておけば、いずれ取り返しのつかない事態になるだろう。
ウサギのマスコットの姿をしたマリアも、うんざりしたように伸びをした。
「あーやだやだ! 何にも解決してないのに新たな問題ばっかり雨後の筍みたいにゾロゾロと生えちゃって……もうやってらんないわ!」
「……」
こう問題ばかり続くと、何者かが裏で糸を引いているのではと勘繰りたくなる。この街にはそれを可能にする京極鷹臣という男がいるから、なおさらだ。
今回の上松組大抗争に京極が絡んでいるという確たる証拠はないが、《Zアノン》の思想を広めたのが京極である以上、関係ないとも言い切れない。かと言って助けを求める被災者を放り出してまで、京極の周りを嗅ぎまわるわけにもいかない。
とにかく何をするにも今は余裕がないのだった。
(《ニーズヘッグ》との不和も解消したいし、聖夜や逢坂さんの行方も気になる。やりたいことは山ほどあるのに、目の前の問題にかかりきりで何ひとつ取り組めていない。せめて《収管庁》での会合で五大事務所の協力を正式に取りつけることができたらいいんだけど……)
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