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第2話 確執①
深雪と流星はスーツ姿で《収管庁》を訪れていた。
これから五大事務所の各所長が集い、六道の提案した合同事業について話し合いが行われる予定だ。
これまで他の事務所は徹底して東雲探偵事務所との接触を避けてきたが、この度の災害級抗争で、もはやそんな事をしている場合ではないと考えを改めたのだろう。
《収管庁》長官の九曜計都が招集をかけると、みな驚くほどあっさりと応じた。
「赤神、雨宮。二人とも会議が始まるぞ」
東雲六道から腕輪型の通信端末越しに呼びかけられ、流星と深雪は急いで会議室へと向かう。
「はい、分かりました」
「今、行きます!」
円卓の周りを《収管庁》長官である九曜計都と五大事務所の所長らが囲む。
驚いたことに『氷河武装警備事務所』の所長、氷河凍雲も同席していた。もっとも彼の表情は誰よりも険しいが。
深雪と流星が会議室の扉を閉めると、すぐさま九曜計都が口を開いた。
「本日は再びこの場にお集まりいただいたこと、感謝する。さて、さっそく本題へと入らせてもらうが、この場に諸君が同席したということは、我々の提案した協力体制を構築する件について同意したと捉えて良いのだな?」
すると『PSC.ヴァルキリー』所長、市ヶ谷棗は渋々といった様子で答えた。
「はっきり言って東雲探偵事務所や《収管庁》に関する疑惑が晴れたわけではありませんし、私どもとしましても納得しかねる部分はありますわ。けれど、あれほどの暴動が起こったのですもの。そんなことを言っている場合ではないと新参の弊社でも分かっているつもりです」
『東京アイアンガード・セキュリティーオフィス』所長の草薙我聞も続く。
「うちも荒事には関わりたくなかったんですがね。《リスト執行》に手を出せば、お客様からの信用を失いますし、あらぬ方向から恨みを買って従業員の身に危険が及ぶ恐れもありますから」
そこでわずかに苦渋をにじませる。
「しかし今の《中立地帯》の状況を考えれば、『東京アイアンガード・セキュリティーオフィス』単独で動くことこそ従業員の身を危険に晒すことになりかねない。それは弊社の危惧するところです。それを避けるためには他社さんとの協力もやむを得ないと、そう判断した次第でして」
《ヴァルキリー》はともかく、《死刑執行人》とは関わらないことを信条としてきた《アイアンガード》は大きな方向転換だ。市ヶ谷棗は半眼になり、草薙我聞に冷ややかな視線を送る。
「ふうん……えらく調子がいいのね、草薙所長」
「いえいえ、《ヴァルキリー》さんほどではありませんよ」
にこやかに答える草薙我聞。皮肉を返され、つんとそっぽを向く市ヶ谷棗。二人とも相変わらずだが、考えを改めてくれて良かったと深雪は胸を撫で下ろす。
次に九曜は『あさぎり警備会社』の所長、朝霧隼人へ視線を向ける。
「私は当初より『合同事業』に賛成でした。ですから、このまま進めていただいて結構です」
朝霧隼人の答えに九曜は満足そうに頷いた。
「よろしい。……それでは最後に『氷河武装警備事務所』はどのようなお考えか? まさかこの期に及んで合同事業に反対だとは言うまいな?」
氷河凍雲は前回の会議よりは穏便な態度で、挑発的な言動も今のところは鳴りを潜めているが、決して協力的なわけではない。肩を竦め、九曜の問いに答える。
「……。そうですね、別に構いませんよ。その合同事業とやらに参加しても」
「ほう?」
「ただし一つ条件がある。その合同事業のメンバーから東雲探偵事務所を外すことだ」
会議室はどよめいた。深雪も息を呑む。まさかその手に出てくるとは思わなかった。
合同事業には参加してもいい。ただし、何がなんでも東雲探偵事務所とは関わらない。それが氷河凍雲にとっての譲れない一線なのだ。
六道がすっと目を細める一方、九曜は子どもをあやすような口振りで氷河凍雲をなだめる。
「……氷河所長、君と東雲所長の間に浅からぬ因縁が横たわっていることは私も知っている。しかしその態度は少々、大人げないのではないかね?」
《ヴァルキリー》の市ヶ谷棗と《アイアンガード》の草薙我聞もそれに同意する。
「そうよ。空気を読めとまでは言わないけど、事は《中立地帯》全体に関わるのよ? あまり私情を挟まないでもらいたいわね」
「私もこの件ばかりは《ヴァルキリー》さんに賛成です。『氷河武装警備事務所』さんは実力のある《死刑執行人》揃いですが、それだって限界があります。単独行動を続ける自信がおありだからこその判断でしょうが、何かあってから後悔したのでは遅いのですよ?」
ところが氷河凍雲は口の端を吊り上げ、薄い笑みを浮かべる。
「お気遣い痛み入るぜ、市ヶ谷所長に草薙所長。だが、あんた達こそもう少し冷静な判断をしたほうがいい」
「何ですって?」
「それはどういう意味だね」
「確かに《中立地帯》の情勢はかつてないほど深刻だ。だが《死刑執行人》制が敷かれ、それがあちこち歪みを生み出した頃から、この街は崩壊する運命だったのさ」
そう言って
「考えてもみろ。そもそもゴーストが暴れているのは誰のせいだ? 誰が《死刑執行人》を生み出し、ゴーストを抑圧しはじめた? ……みな忘れちまってるんだ。この街には《アラハバキ》や暴徒より狡猾で恐ろしい《死神》がいるってことをな!!」
そこで六道が初めて口を開いた。
「氷河所長、落ち着きたまえ。この合同事業は《死刑執行人》間の連携を強化するためだけのものではない。《中立地帯》の《死刑執行人》全員が結束し、協力し合う姿勢を《監獄都市》全体に示すことが肝要なのだ」
「フン……結束力と協力姿勢を《監獄都市》全体に示す……ねえ? それはあんたの本心か?」
「もちろんだ」
「……嘘だな。あんたはただ《中立地帯の死神》の権力を誇示したいだけだ。そのために俺たちを利用したかった……そうだろ!?」
しかし六道は動じることなく、静かな目を氷河凍雲に向ける。
「……氷河、お前も事務所を経営する身であるなら知っているはずだ。『権力の誇示』という至極単純な方法で成し遂げられるものなど、そう多くはないと。五大事務所が手を取り合うことが、この街でいかに重要な意味を持つのか、本当は理解しているのだろう?」
「あんたの……そういうところが昔から気に食わねえって言ってんだよ!! 自分が正しい事を言えば周りはおのずとついて来るし、そうすべきだと思ってる! だがな……人は正論について行くんじゃない。相手の人柄や人格でついて行くかどうか決めるんだ!! この人の語る夢ならば身を捧げられる……そう思った時に初めて『仲間』だと信頼するんだ!! 冷酷無比なあんたにゃ一生分らねえ感情だろうがな!!」
「……」
激昂する氷河凍雲に対し、六道はまったく動じない。氷河凍雲の主張を頭ごなしに否定するわけではないが、さりとて己の立ち位置は頑として譲らない。
こういう時の六道がいかに手強いか。さんざん衝突してきた深雪はよく知っている。だからこそ気が気ではなかった。この様子だと氷河凍雲が折れるとも思えないからだ。
睨み合う氷河凍雲と六道を前に、他の所長らは戸惑い気味だ。
「……何よ、やっぱり私情挟みまくりじゃない」
《ヴァルキリー》の市ヶ谷棗があきれてつぶやくと、《アイアンガード》の草薙我聞も作業服からハンドタオルを取り出し、いつもの困り顔で額の汗を拭く。
「東雲探偵事務所さんに黒い噂がつきまとっているのは否定しませんが、大抗争の時の彼らの活躍を見る限りでは、十分に信頼に値すると思いますがねえ」
すると氷河凍雲は肩を揺すって笑う。
「あんたら笑えるほど呑気だな。本当のことも知らず、あっさり手玉に取られるとは! その危機感の無さとお人好しぶりはマジで羨ましいぜ!!」
その言葉に反応したのは《収管庁》長官の九曜計都だ。
「ほほう、それはどういう意味かね? 氷河所長は何か重要なことを知っているようだ。ぜひ聞かせてもらいたいのだが?」
「構わねーぜ、どうせ噂が広まるのも時間の問題だからな。……《アラハバキ》の下桜井組の直系組織に二代目桜龍会という組がある。組長は下桜井組若中である逢坂忍。序列は153位という、なかなかの大物だ。東雲六道はその逢坂忍と内通してやがったんだ!」
それを聞いた《ヴァルキリー》の市ヶ谷棗は信じられないとばかりにつぶやく。
「内通……? つまり《中立地帯の死神》が《アラハバキ》の構成員に情報を流していたというの……?」
「……それが本当なら穏やかな話ではありませんねえ。《休戦協定》があるとはいえ、《アラハバキ》が脅威であることに変わりありませんから」
《アイアンガード》の草薙我聞もますます困り顔だ。
「凍雲の言うことが本当なら、東雲探偵事務所と《収管庁》は我々》よりも、《アラハバキ》との連携を優先させたことになる。それはいささか順序が違うのではないか?」
『あさぎり警備会社』所長の朝霧隼人も珍しく批判的だ。
「それは……!!」
確かに逢坂と接触は図ったが、それは深雪が始めたことで、六道は何も悪くない。責められるべきは深雪だ。
しかし、身を乗り出そうとする深雪の腕を流星が掴んだ。
「……深雪!」
流星は無言で首を小さく横に振る。口を出すなという意味だ。ここで深雪が口を挟んだって誤解を解くどころか、ますます話がややこしくなるだけだ。
それが分かっていても、いてもたってもいられなかった。発言の機会さえ与えられるなら、ぶちまけたい。すべては深雪がやったことだと。
一方、九曜計都は六道を睨む。それ見たことか、お前が何とかしろと言わんばかりの冷たい視線だ。
六道は溜め息をつき、氷河凍雲に伝える。
「……私が二代目桜龍会の組長と接触を図ったのは事実だが、内通というほど緊密なものではない。《東京中華街》との繋がりが途切れた以上、《アラハバキ》とのパイプの維持は必要なことだった。ただそれだけだ」
だが、氷河凍雲がそれで納得するはずがない。
「ふん、それで言い逃れができるとでも思ってんのか!? 聞くところによると、密かに《グラン・シャリオ》を逢坂忍に引き会わせようとしてたって話じゃねえか!」
《ヴァルキリー》と《アイアンガード》の所長はまたもや驚きの声を上げる。
「《グラン・シャリオ》って……あの壊滅したチームの!?」
「《グラン・シャリオ》を皆殺しにした《彼岸桜》は二代目桜龍会の所属だったはず……! まさか偶然ではありませんよね!?」
「……」
さらに騒然とする会議室。《ヴァルキリー》や《アイアンガード》は言うまでもなく、《あさぎり》の所長までもが険しい表情をしている。
合同事業の糸口が見えてきたのに、ここで潰えてしまうのか。深雪は気が気ではなかったが、今は流星に忠告された通り、黙っているしかない。
「俺の推測だが……ひょっとしてアンタが逢坂忍の部下に《グラン・シャリオ》を襲わせたんじゃねえか?」
「な……何ですって!?」
「それはどういう意味だね!?」
市ヶ谷棗と草薙我聞は瞠目した。
それにはさすがに決めつけすぎだと感じたのか、朝霧隼人も氷河凍雲を制す。
「凍雲」
「何だよ、あり得ない話ってワケでもないでしょ?」
ふてぶてしく一蹴しつつ、氷河凍雲は真顔になる。まるで悪を滅ぼさんとする正義の使者のごとく、自分の主張には一片の偽りもないという確信に満ちた表情だ。
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