1-7話 夢の残滓

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1-7話 夢の残滓

【登場】アッサム ミントティー / 正山小種(ラプサンスーチョン) / アップルティー / セイロン 【執筆】Baum 「待って! ダー……夢?」  ほんの一瞬ソファーで休憩するつもりが眠ってしまっていたみたい。自分の声で目が覚めた私は脳内に焼き付いてしまったように残る夢の内容を思い出して思わず胸を押さえていた。  すっかり大人の女性の姿へと成長した彼女の背中がどんどん離れていってしまう。私は走って追い掛けていた筈なのに全く追いつけずそれでもどうにか引き留めたくて声を上げた事で目が覚めてしまったみたい。  あの離れて行った背中は誰の物だった?  頭頂(とうちょう)で結い上げられた長い髪。その髪を飾る王冠。いつだって凛と立つその立ち姿を私が見間違う訳がない。  本来ならまだ天蓋に覆われたベットでもう少し……春まで休息を取る筈の──。 「やっぱりダージリンちゃんだ……」  春から秋に掛けて小さな子供から大人の姿まで成長し、冬になれば記憶ごと姿もリセットされていく。そうする事で私たち紅茶の女王として君臨する彼女は今その冬の期間を迎えている。  だから決して目覚めてどこかに行ってしまう訳がないと分かっているのに、心に強く残った夢に実は現実だったんじゃないかと怖くなる。  だってまだダージリンちゃんとやりたい事が沢山ある。もっと色んな彼女を知りたいし、春には忘れてしまうとしても色んな事を知ってほしい。  伝えていない言葉だっていっぱいある。  まだ終わりは嫌だ。  そう思ったらもう抑える事が出来ず慌ただしく自室を飛び出した。 「わっ……あ、アッサムティー……」 「ごめん、ミントティー! お爺ちゃんもありがとう!」  部屋を出て走り初めてまず、曲がり角でミントティーとぶつかりかけた。一緒にどこかに行く途中だったのか隣に居たラプサンスーチョンが引き寄せてミントティーが私にぶつからないようにしてくれたみたい。 「よいよい。元気は良いが怪我せんようにの」  若い見た目をしているのにラプサンスーチョンは本当にお爺ちゃんみたい。  短く返事をしてまた走っていると今度はアップルティーとすれ違った。 「アッサムお姉様そんなに急いでどこに行きますのー?」 「なんでもないのー!」  本当はなんでもなくはないけど夢が怖くて、なんて流石に恥ずかしくて言えないから誤魔化して通り過ぎてしまった。  その次にはローズヒップとミルクティーにも出会った。二人は書庫帰りみたいでミルクティーが何冊か本を抱えている。  小さな子供みたいにバタバタ走るなんてはしたない、って怒られたけど謝ってまだ走る。  なんで此処こんなに広いの……。  最後の曲がり角ではセイロンとぶつかった。  咄嗟(とっさ)に止まって抱き留めたけど驚かせちゃったみたいで目を丸くしていた。 「驚いた……。ありがとう、アッサム。そんなに急いでどうしたの?」 「ううん。ごめんね、セイロン。ちょっと急いでて」 「大丈夫。急いでるなら行って」 「うん、行ってくるね!」  なんとなく癒されたくてちょっとだけセイロンを抱き締めてから手を離してまた走り出した。  私らしくないって後で笑われちゃうかな。  その後、廊下では誰にも会わずにダージリンちゃんの部屋に辿り着いた。ローズヒップが言うように子供みたいに走って息を切らしてカッコ悪い。でももし万が一居なかったら少しでも早く探しに行かなきゃもう会えなくなっちゃう気がする。 「ダージリンちゃん……居るよね……」  恐る恐る扉を開いて室内に入り乱れた呼吸のままそろりと天蓋から垂れるカーテンの内側へと滑り込んだ。いつもなら此処で……。 「良かった……。そうだよね、夢だもんね。私子供みたいに……ごめんね、ダージリンちゃん」  いつものように眠り続ける姿が変わらずそこにあって思わず座り込んでしまう。もし居なくなってしまっていたらって怖かった。いつもより早く目覚めた彼女が此処の事なんて知らないって居なくなっちゃってたら……って不安だった。  そんなのただの私の妄想でそんな事ある訳が無かったのにね。  いつもなら寂しさを感じたりする事も多いけど、いつも通り変わらず眠っていてくれた事が嬉しくて安心し過ぎて動けなくなっちゃったみたい。  ダージリンちゃんの部屋の床毛長の絨毯でよかった。お(かげ)で座ってても冷たくない。 「はー、あはは。私子供っぽいね。夢なんかで慌てちゃってさ。びっくりさせちゃってごめんね、ダージリンちゃん。安心したらお腹すいちゃったから戻るね!」  しばらくぼんやり彼女の寝顔を眺めてやっと動けるようになったからそっと立ち上がりそう声を掛けてからベットを離れ部屋を出た。 「あれ? セイロン。あ、さっきは……」 「ここだと思った。もう夕飯時だよ。キッシュが沢山出来ちゃったから食べるの手伝ってくれる? アッサム」 「う、うん。セイロンが作るキッシュ大好き!」  部屋を出ると扉のすぐ隣には少し前に置いて来てしまったセイロンが壁に凭れるようにして立っていた。  そしてさっきぶつかりかけてしまった事なんてなかったようにいつも通りの笑顔で言うからほっとする。セイロンはいつもそう。  私がしんどいな、と思っている時にそっと傍に居ていつもと変わらない日常に私を送り出してくれる。  聞いてくるのでもなく、ただいつも通りのお茶をして私を休ませてくれてる事には流石に気付いていた。  迷惑かけてるなぁ、とは思うけどセイロンが何かを言ってくる訳じゃないしあまりに普段と変わらずに接してくれるからその時には気付かず、送り出されて初めて心が軽くなっている事に気付くようなもの。いつもそうだからお礼なんて改めて出来る訳もなくて溜まりに溜まってしまっているだろう恩を一体どうやって返せば良いのかも分からない。  きっとそれさえもセイロンの思惑のうちで『お茶がしたかったから私が付き合ってもらっただけ』そんな風に誤魔化されてしまうような気もする。 「ほうれん草と茸のキッシュだよ。今温め直すから少しだけ座って待ってて」 「何か手伝える事はある?」 「ありがとう。じゃあ取皿を運んでおいて」  セイロンの部屋に着くとそう言ってセイロンはオーブンを操作してパンとキッシュを温めお湯を沸かして紅茶の準備を始める。  セイロンの部屋は全体的に可愛らしい。  ふるさとが気にいってたから、って部屋に遊びに来た時に遊べるようにソファの隅にぬいぐるみが座ってたり、ローズヒップに分けてもらったっていうバラが白の綺麗な模様をした花瓶に活けてあったり、レースをあしらったピクニック用のバスケットが詰んであったりする。 「ねー、セイロン」 「なぁに?」 「なんだかまたふるさと用のぬいぐるみ増えたね。というか大きい子が増えた?」 「あぁ、そうなの。抱きついて離れなかったから買っちゃったの」  とっても大きなサイズのケットシーを模した物でふるさとが抱きついたらむしろふるさとが襲われてるんじゃないか、って思うくらい。  多分これふるさより少し小さいくらいだと思う。  でも大きいぬいぐるみに抱きつくふるさとって可愛いだろうなぁ。  お爺ちゃんに連れられて此処に来るまで長い間一人だったっていうふるさとは小さくて可愛い妹みたいだから、ついみんな甘やかしちゃうんだよね。だって笑顔で腰に抱きついて来られたら拒絶なんて出来る訳ないし、私もよくねだられて抱っこしたり肩車してるもん。 「そんなにお気に入りならふるさとの部屋じゃなくて良いの?」 「よく持って帰りたがるんだけどね。ほら、ぬいぐるみって埃が付きやすいでしょ? マメに埃叩いてあげたり干してあげたいし、管理大変だから基本は此処にねって約束なの。時々お泊りに行くだけ」  セイロンは埃を絶対許さないから談話室のクッションとかもマメに叩いて干しておいてくれる。ふるさとのぬいぐるみにも同じくらい手をかけてあげているみたい。私じゃこんなに色々気を付けてあげられないなぁ。 「アッサムも抱きついてみる? その子見た目より中の綿がふわふわでね、とっても柔らかいの」 「うーん、今度ふるさとが抱いてる時にふるさとごと抱きしめようかな」 「ふふっ、それも良いわね。はい、お待たせ。今取り分けるね。パンは好きにバターかジャムで食べて」  そう言いながらワゴンに乗せてティーセットとキッシュが乗ったお皿、いくつかパンが入ったバスケットやバターを持ってくる。呼んでくれたら運ぶの手伝ったのに。  そうしてゆっくりと作り過ぎたっていう割にそこまで多くなかったキッシュとパンを食べた。  ソファーに移動して食後のお茶を飲んでやっといつも通りの日常に戻ってきたような気がして柔らかいクッションにゆったりと凭れ掛かった。 「相変わらずセイロンの紅茶は優しい味がするね」 「だっておいしくなるように茶葉達にちゃんとお願いしてるもの。みんなが元気になれるようにおいしい紅茶になってね、って」 「そっか、だからおいしいんだ」  冗談みたいに笑って答えたセイロンに私も笑ってしまう。でもきっと本当なんだと思う。  セイロンの淹れてくれる紅茶はセイロンの優しさそのものみたいでとてもほっとする。  多分ぶつかった時の私の様子がおかしかったから心配して誘ってくれたんだと思う。  だけど何も言わずにいつも通りに振る舞ってくれるから起きた時の怖さを思い出さずに済むしつい甘えてしまう。  本当は心配掛けたんだから理由を話す方が良いんだろうけど、いつもセイロンは何もあえて触れて来ない。  聞いて来るとすればむしろ私が甘えて話したい気分の時だけ。  ただいつも通りに優しく笑って傍に居てくれるからありがたい。 「セイロン……」 「なぁに? アッサム」 「いつもありがとう」 「ふふ、変なアッサムね。作りすぎてしまったキッシュを食べるの手伝ってもらったのは私の方でしょ? お礼を言うのは私の方よ」  そう言って笑ってくれるセイロンのお陰で今度は優しい夢が見れるような気がする──。
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