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1-11話 女王の家庭教師
【登場】キーマン
ふるさと / マロウブルー(妹) / ミルクティー
【執筆】霧谷朱薇
奇抜なシルクハットと、黒の革手袋に残る煙草の匂い。
弧を描きながら本心を語らない唇。
「貴方、子供の教育に悪そうだってよく言われない?」
黄昏の庭園に来て間もない頃、女王陛下に笑われたことがある。
それは俺自身もよく思うこと。故に──
「ミルフィーユは倒してお食べなさい。そのままだとボロボロ崩れてあとが大変ですよ」
うららかな春の日の午後。
ふるさととマロウブルー妹、あと課外授業としてミルクティーの三人を引き連れ、外界で有名だという喫茶店でティータイムを楽しんでいた。
「はわ、倒して食べるのお行儀悪くない……?」
「そういう人間も稀にいますね。ですが、別にマナー違反ではありませんし、皿の周りを汚すよりよっぽどスマートに食べられます」
「にーに、物知り!」
満面の笑みでフォークを握り、ミルフィーユを上手に食べようとしているふるさとを見守るように眺めていると、マロウブルー兄の笑い声が一瞬聞こえた気がした。
(そういえば先日、娯楽室でロシアンティーしか居ないのをいいことに、うっかり素で喋っていたのを彼に聞かれてしまっていたな)
丁寧な言葉遣い、スマートな立ち振る舞いが演技であると知った彼には、滑稽に映っているのだろう。これが俺の生き方なのだ、今更誰にどう思われようと気にしないが。
「余談だけど。パイのくずはクリームにくっつけると綺麗に食べれるよ」
「おや、マロウピンクはよく知っていますね」
頭を撫でて褒めると、マロウブルー妹は僅かに得意げな表情を見せた。
そんな彼女の空いたティーカップに透かさず紅茶を注ぐミルクティーに何気なく視線を向けた俺は、給仕姿が大分さまになって来たなぁと思いつつ、ふと訊ねてみる。
「ミルクティー、砂糖やミルクを混ぜるとき、君ならどう混ぜますか?」
ミルクティーは不思議そうに首を傾てると、自身のティーカップに紅茶を注ぎ、白い角砂糖を一つ入れて前後にスプーンを動かした。
「流石はあのローズヒップに仕込まれただけのことはありますね。因みに、どうしてスプーンを前後に動かすかは知っていますか?」
「え? 確か……かき回すと、カップにスプーンが当たって音が出てしまいます。また、カップ内の金箔や内絵が剥げるため、前後に動かすのが良いとされている、ですよね?」
「正解だが、もう一声欲しいところだな」
いつの間に入れ替わったのか、マロウブルー兄は妹の苺タルトにフォークを突き刺し、口に頬張りながら解説し始める。
「時計の針は右に回る。スプーンを右に回すことで時が早く進むことを比喩し、客人の前でやろうものなら〝早く帰れ〟と言っているようなものになる。だから、スプーンを前後に動かしているように見せて、水面下では小さな円を描くように混ぜるのが正しいとされている。まぁ、ただの豆知識であって一般常識ではないんだけどな」
マロウブルーの、こういった知識の豊かさには時々目を見張るものがある。
ミルクティーは先程の説明をメモに記すと「勉強になりました、ありがとうございます」と嬉しそうに礼を告げ、マロウブルー兄は苺を一摘まみして咀嚼すると満足したのか妹と入れ替わった。
その様子を傍観しつつ、春詰みのダージリンティーを口に含む。
(女王陛下への土産は、何が良いだろう)
目覚めたばかりの、幼い姿をした紅茶の女王。
この時期、彼女のマナー講師として多くの事を仕込むのが楽しみの一つと化している俺は、土産と称して今日はミルフィーユの食べ方をレッスンしようと思案しては一人頷いた。
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