1-1話 春めく季節に想うこと

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1-1話 春めく季節に想うこと

【登場】ミルクティー / ローズヒップ 【執筆】天田ハル  右手に持った(はさみ)で枝を挟み込む。  そこにほんの少し力を入れただけで呆気(あっけ)ないくらい簡単にぱちんと音を立てて枝が落ちた。  実のところ、僕はこの作業が少し苦手だ。  化身として身体を得たとは言っても、同じ植物を手にかけているような意識がどこかにあるからなのだろう。  胸の奥に(もや)のような罪悪感が薄く広がる。  それに見て見ぬふりをして、次に切るべき枝を見繕っていると後ろでふっと小さく笑う声がした。僕は驚いて危うく鋏を取り落としそうになる。 「お前、私にまったく気付いていなかったのね?」 「お、驚かさないでよっ……! びっくりした……」 「あら、まるで私が悪いみたいに言うのね。お前が気付いていなかっただけで先にいたのは私の方よ」  ローズヒップはそう言うと、真っ赤に花開いた一輪の薔薇を手に取り、そっとその香りを嗅いだ。軽く伏せた(まぶた)から伸びる長い睫毛が目元に陰りを作る。 「私の可愛い子、美しく咲いてくれて嬉しいわ」  オールドローズの色をした艶やかな髪をさらりと揺らしてローズヒップは花に頬を寄せた。  彼女の白い肌に深紅の薔薇はとてもよく似合う。僕は心の底から美しいと思った。  薔薇は勿論だけど、それ以上に彼女が。 「鋏を貸しなさい」  すっかり見とれてしまっていた僕は慌てて鋏を持ち変え、差し出された右手の上にそっと置く。  すると、ローズヒップは慣れた手つきで花のつい たその枝を切り落としてしまう。  折角、頑張って綺麗な花を咲かせたのに……。  僕がはらはらしながらその様子を見ているとローズヒップは僅かに口許(くちもと)を緩めた。  そしてまるで小さな子供に言って聞かせるみたいな優しい口調で囁く。 「美しく咲かせる為にはあえて手を入れてやることも必要なのよ」  何も言えずにいる僕を無視して彼女は尚も続ける。 「切り落とし過ぎるのは勿論駄目ね。でも植物の本能のままにしておくのも良くないわ。花を咲かせ続けるのはこの子達にとっても相当エネルギーのいることなの」  ローズヒップは移動しながら一つ一つの株を丁寧に見ていく。  開ききった花を摘み取って傷んだ葉や枝を落とし、(つぼみ)の沢山ついた枝があればそのうちのいくつかをかき取る。 「お前、ぼうっと見ていないで水を用意なさい」 「う、うん」  僕は言われた通り、用具入れからバケツを取り出して水を溜める。  ある程度溜まったのを見計らって水を止め、急いでローズヒップのところへ戻ると、彼女は花の咲く枝を更に数本手にしていた。  僕はそれを受け取ってバケツの中に入れる。 「この株にはもう少し大きく育って欲しいのよね」  ローズヒップがある株の前で足を止める。  まだまだ小さいその株は小さいながらも可愛らしい蕾をつけていた。 「それも切ってしまうの?」    僕が遠慮がちに訊ねると彼女は少しの沈黙の後、ふうっと溜め息をついた。 「まあ、花が咲くのを待ってあげるのもいいかも知れないわね。水やりを忘れないようになさい。勿論、根元にね」 「うん、ありがとう! ……っ」  ローズヒップ、と声に出したいはずなのにどうしてもその言葉だけが上手く出てこない。  他の紅茶の化身達を呼ぶことは出来るのに、どうしてか彼女だけ未だに名前で呼ぶことが出来ずにいる。  また駄目だったと落ち込む心を(なだ)めながら僕は彼女が摘んだ花がらの片付けを始めた。 「さて、こんなものかしらね」  作業が一段落つくとローズヒップは満足そうに微笑んだ。  バケツの中には十数本の枝が入っている。 「このあとは……切り口に水を吸わせるんだよね? 僕がやるよ」  今度は僕が彼女の手から鋏を受け取る。  バケツに鋏ごと手を突っ込むと水はまだ少し冷たいように感じた。枝の切り口を一本ずつ斜めに切って、より水を吸い上げることが出来るように面積を広げていく。 「ミントティー、この子達に似合いそうな花器をいくつか持ってきなさい。セイロンティーかミルクティーに言えば見繕ってくれるわ」  ポケットから取り出したタオルで鋏についた水気を拭き取っていると、ローズヒップが屋敷の方を指差した。 「こんなに綺麗に咲いてくれたのだから、それを愛でるのが私達だけでは花が可哀想だわ」 「分かった、すぐに持ってくるよ」 「目覚めたばかりのあの子にも見せてあげましょう。喜んでくれるかしらね?」 「うん、きっとね」  ローズヒップが視線を向けた先にある部屋、そこには僕達の王様がいらっしゃる。  長い冬の終わりに眠りから目覚めるダージリン様は、今頃アッサムさんとお話しの真っ最中だろうか?  開け放されたダージリン様のお部屋の窓を一度見上げてから僕は走り出す。  今年も黄昏の庭園に春がやってきた。僕がこの場所で過ごす二度目の春。  君が僕を見付けてくれたから、僕は今ここにいる。  今年こそは、君の名前をちゃんと呼べるようになれたらいいな。
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