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1-2話 アッサム嬢の憂鬱
【登場】アッサム
【執筆】天田ハル
天蓋から垂れ下がる艶やかなシルクのカーテンには古い時代の紋様が刺繍されている。
優美な曲線を描きながら交差しては、離れてを規則的に繰り返す草花のモチーフはまるで何かを示唆しているかのようで、なんとなく口許に苦い笑みが浮かんだ。
触れる度にさらさらと音を立てるカーテンをそっと退けて、出来上がった細やかな隙間に素早く入り込む。
一人で使うにはあまりにも大き過ぎるベッド、そこに静かに横たわる少女はまるで精巧に造り込まれたビスクドールのようで、ほんの微かに上下するその胸に気が付かなければ人形と勘違いしてしまいそうなほど美しい容貌をしている。
白磁の肌に長い睫毛、頬にかかる銀糸のような髪を指先で優しく払いながら彼女の寝顔が見える位置まで移動して膝をつく。
「……ねえ、ダージリンちゃん。今日もね、皆は元気だよ。相変わらずミルクティーの作る料理はおかしな味だし、ロシアンティーもアールグレイもなかなかかまってくれないし、マロウブルーはツンツンして怒ってばっか」
ダージリンと呼ばれた少女に目覚める様子はない。それでも構わず続ける。
「そういえばね、最近ミントティーはローズヒップと仲良しだよ。ミントティーは、ほら、この前話した男の子なんだけど……」
言いかけたところで、不意に込み上げてきた寂しさに思わず唇を噛む。ダージリンが眠りについて、一体どれほどの時間が経過したのだろう。
黄昏時の景色のまま、永遠にその時を止めこの庭園に時間の概念はない。
私達のためだけにつくられた秘密の箱庭。
紅茶の化身である私達に神様が与えてくれた居場所。
だが、ここに逃げ込んでも尚、彼女はその身に課せられた宿命から逃れることが出来ない。
黄昏の庭園の外側にある世界、そこに春が訪れるまでダージリンが目覚めることはない。
彼女の傍らに突っ伏して、真っ白なシーツの上に顔を埋める。
ダージリンが再び目を覚ました時、自分はいつものように彼女を迎え入れることが出来るだろうか。
また新しく始まる彼女との出会いを“いつもと変わらない笑顔で、声で、気持ちで迎えることが出来るだろうか。
冬の終わりを待つ間、こうして何度も自分に問いかける。結局のところ、私が同じであることを繰り返すのは、新たな関係を築くのが怖いからだ。繰り返してさえいれば、また貴女の親友でいられる。それ以外の関係になることが、私にはたまらなく怖いのだ。
私が心の中ではこんなことを思っているなんて、きっと彼女は知らないだろう。
「いっそのこと、私も一緒に眠ってしまいたいよ」
そう独りごちてみたところで、ダージリンの眠りはまだ明けない。
「……待ってる時間はすごく長いよ。一緒にいる時間はあんなにあっという間なのにね」
眠りの季節の先にある〝再会〟を夢見ながらアッサムティーはしばし微睡む。
いつもの黄昏色が今日ばかりは春の暖かな日差しのようにも見える私達の庭園で、私は精一杯の笑顔を浮かべて貴女に語りかける。
初めまして、と。
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