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1-3話 ある紅茶達のなんでもない日常
【登場】ミルクティー / ローズヒップ / セイロンティー
【執筆】Baum
「ねぇ……」
「ローズ様どうしました? お腹空きましたか? それなら僕が作ったスコーンなら……」
「それは結構よ」
とある一室にて青年とも言える柔らかな面差しの男が淹れたあたたかなミルクティーの入ったカップを傾けていた美しい女性が短く声を発した。
女性は赤薔薇のような鮮やかな赤髪が印象的であったが、それにも増して容姿もとても美しかった。
それに答えた青年は紅茶色の髪色に優し気な容姿。執事然とした服装をしており彼女と並ぶと令嬢と従者のようにも見えた。
「ではどうされました?」
「本を読み切ってしまったのよ」
「じゃあローズヒップ、次は恋物語はどう?先日とても素敵な本を見つけたの!」
次に声を発したのは明るい茶色のふわりとした髪が可愛い少女。にこにこと給された紅茶にも嬉しそうに笑った。
けれどそれもローズヒップと呼ばれた彼女のお気には召さなかったらしく彼女の表情は晴れなかった。
「何かお気に召すような物語を探して来ましょうか?」
「本はもう良いわ。だって本は飛び出して来て私を楽しませてはくれないじゃない」
いくら心躍る冒険譚や騎士との甘い恋物語でも、それはあくまで紙面の上でのみ進む物語であり実際に自分が体験出来る訳でもない。
頁を捲ることを止めてしまえば終わってしまう、ただそれだけの泡沫の夢のようだと彼女は思っていた。
「それはローズ様の想像力が足りないのでは?」
「ミルクティー、お前には可愛い小鳥のさえずりが聞こえて? 聞こえたなら捕まえていらっしゃいな。もっと可愛く鳴くよう躾てあげるわ」
ミルクティーと呼ばれたこの男、紳士のようでいて稀にうっかりと失言をする事がある。
艷やかに口角を上げ微笑んでいるようでまるで笑っていない目で言われ引き攣った笑みを返した。
「えっと……僕には小鳥のさえずりは聞こえませんでした……。セイロンには聞こえた?」
「ミルクティーの心の悲鳴なら……。ローズヒップ、退屈しのぎにミルクティーを苛めるのは止めてあげて」
たしなめるように眉を下げてセイロンティーが告げるとその反応を待っていたとばかりに常の表情に戻った。
実はこんなやり取りは彼女達にとっては日常茶飯事でありもう何度目かも分からない程に繰り返されて来た物である。
実際には戯れの範疇で然程機嫌を損ねていない事も察しているがミルクティーは条件反射で内心悲鳴を上げ、セイロンティーは聞かないと知っていても言わずにはいられない、優しい性分なのであった。
「ではお前に聞こうかしら。何かお前、私に話していない面白い話を隠しているのではなくて?」
「面白い話? うーん、何か話して無い事あったかなぁ。ラプサンが窓から飛び降りた時、驚いたアッサムが窓から落ちかけた話はした?」
「その話ならお前からもミルクティーからも落ちかけたアッサムティーからも笑いながら語られてよ」
それはもう何日も前の話。慣れていれば突然ラプサンスーチョンが窓から飛び降りようが何の苦もなく着地し庭を歩き始める事を知っている為驚きもしないが初めて見る者はそうもいかず、アッサムティーもその一人だった。
突然窓の外へ姿を消したのを見た彼女は慌てて窓の外へ身を乗り出し、むしろ自分が窓から転がり落ちかけ偶然通りかかったミルクティーに引っ張り戻された。
その様を遠目に見てしまったセイロンティーは当然ながら悲鳴をあげた。
「だって本当に驚いたのだもの」
「僕も流石にあれにはとても驚いたので誤って誰かが落ちかけないか恐ろしいので他の人が居るような所からは飛ばないで下さいとお爺様にお願いしてしまいました。あまり分かっていらっしゃらないお顔をしておられましたけどね」
ラプサンスーチョンが身軽な事は知っていても他の者が飛ぶつもりもなく落下して無事に済むか分からず、それが恐ろしいミルクティーである。
ちなみに注意を受けたラプサンスーチョンは、落ちてきたなら我が下で受け止めれば問題なかろうに、と思っていた為ミルクティーの懸念は間違いではなかった。
「じゃあ屋敷内の探検に行ったふるさとが迷子になって探しに行ってくれたミントティーまで迷子になった話は?」
「ミイラ取りがミイラになるってこういう時に使うのかしら。それは面白いというよりも残念な話ね」
「すぐ見つけて戻って来るって言って出て行ったのに淹れたての紅茶が冷めきる程待っても戻らなくて結局アールグレイが保護して来てくれたんだよね」
此処では既に多くの紅茶の化身達が暮らしている。まだ空き部屋も十分あり、他に談話室や広い食堂、所々にキッチンまたは給湯室も完備されたこの屋敷は広い。幼いふるさとが迷うのは勿論の事、慌てて闇雲に移動すれば慣れていても正確な位置を見失う。
迷った時の簡単な戻り方は一つ。窓から館の外へ出て外周を周り玄関から戻ればいい。
しばしふるさとと迷ったミルクティーは数分間の間窓の下を見下ろし決意をちょうど固めてふるさとを抱き上げたところでアールグレイに『幼女誘拐かしら』と声を掛けられて驚きひっくり返り掛けたらしかった。
「うん、あれは行かせてしまってミントティーには悪い事をしちゃった」
「迷って知っていかなければ覚えられないのだから仕方ないのではなくて? 私だって悔しい事に何度か窓から出たわ」
そう告げ思い出してしまった不快さを流すように甘いミルクティーを飲み干した。
空になったカップには座っていたソファから立ち上がったミルクティーが砂糖とミルクを少しだけ一杯目よりも増やしたミルクティーを注いでやっている。
「あと何があったかなぁ。昨日ふるさとと外に遊びに出た時にふるさとがピクシーに攫われた話?」
「え、何それ。それはまだ僕も聞いた事なかったよ」
「うん、それがね……丁度小道を抜けて安心したふるさとが走り出しちゃった時にね、珍しくピクシー達に会ったの。ふるさとって好奇心旺盛だから話し掛けて友達になって……」
その結果気に入られた小さな彼女はピクシー達に空へ連れ拐われた、という事らしい。
「あの子なら朝私のベットに居たわね。無事に戻っているなら良いわ」
ピクシー達妖精は悪戯好きだと様々な地で有名である。けれど些細な悪戯はあれど拐われるというのは稀である。
その稀な事件の中には取り替えっ子やそのまま連れて行かれてしまったという物もあるが事実かは定かではない。
「でもそうね、労うくらいはしてあげなければね。セイロン、そこのカゴにラッピングされたクッキーの袋が3つ入っているから一つあげるわ」
「本当? ありがとう、ローズヒップ!」
褒めるように微笑んで告げられたローズヒップの言葉に嬉しそうに笑った彼女はカップを置いて立ち上がると喜々として袋を一つ取ってソファーに戻った。
さっそくお茶請けにと袋を閉じていた真っ赤なリボンを解く。
それを見てローズヒップが悪戯っぽくクスリと笑い、その隣に座っていたミルクティーは不安気に新しいお茶の準備を始めた。
「わぁ、ラベンダーの良い香り。ラベンダーを練りこんだクッキーなのね。どこで手に入れたの?」
「ふふ、ある方が作りすぎてしまったからとくれたのよ」
「なんだ、売り物じゃないのね。どこかで売っている物だったら私も買いに行って皆でお茶請けにしたのに。残念」
ローズヒップの機嫌は良く、クスクスと笑い、楽し気に語られた。
少しお腹が空いていたセイロンティーは食べたいけれど一人で食べてしまうのも勿体ない、と思いつつも誘惑に負け一つ取り出して惜しむように少しかじった。
「……お、おいしいね。ちょっとラベンダーの主張が強すぎるけど……」
「うふふ、お前よく褒め言葉を口に出来たわね。私は素直に不味いと言ってよ」
かじってしまった物を戻すなんて事は出来ずなんとか手に持っていた分も食べきったセイロンティーはミルクティーが結果が分かっていたように注ぎ足した紅茶を飲み、ほっと吐息を溢した。
ミルクティーは料理は出来るもののあくまで出来るというだけで作り上げる物はおいしいとは言えない代物である事が多い。
味覚が育っていない、という訳ではなく基礎が全く出来ていない訳でもないがスコーンを作った筈がパンとスコーンの間のような物が出来上がったり今回のクッキーのような口内でラベンダーが猛威を奮いまくるような物を作り上げる。
セイロンティーにとっては食べれない物では無いが残念ながら優しいセイロンでも純粋においしいとは言えなかった。逆に言いたい事は言うタイプのローズヒップは毎回不味いと断言している。
「またそんな言い方して。ローズヒップは言葉が足りなさすぎるのよ」
「何の事かしら?」
「不味いって言いながらアドバイスとかしてあげてるくせに」
実は今回もそうだった。
不味いと言われながらもローズヒップにいつか料理についても認められたいミルクティーは作ると必ずローズヒップに報告をしていた。
そして、ラベンダークッキーなら、と食べた。
強く香るラベンダーの香りに気付き片眉を上げるも乞うように見つめて来るミルクティーに負けてしまった。小さく一口、口内に招き入れた物の猛威を奮いまくるラベンダーの強過ぎる主張に本来優雅に楽しむべき紅茶で流し込んだのだった。
「お前の作る物はどうしてこうも不味いのかしら。紅茶の香りを楽しんでいるのだから余計な強い香りは不要。スコーンのように素朴な味わいの方が良くてよ」
「すいません。庭園に綺麗に咲いていたのでつい入れすぎたようです」
「それなら花瓶に飾ってくれる方が私は嬉しいわね」
ローズヒップは基本言いたい事をまず端的にはっきりと告げてしまう癖がある。その言葉だけを聞けばどうしても冷たい、酷い人という印象が先行してしまう。
けれど彼女を良く知ればそうでない事は分かって来る。
不味いと言われているうちは試行錯誤を繰り返し成長していけるが妥協し認められてしまえば成長は止まる。それをミルクティーが望んでいない事を知っているからこそ彼女は遠慮なく不味いと言い続けている。
誤解したい者にはさせておけば良い。薔薇の種子から作られた自分は薔薇のように気高く気安い存在ではいけないのだと考えている事を知っていてもセイロンティーにはどうしても勿体なく思えた。
「私の大好きなお友達が誤解されているのは勿体ないのよ! 貴女はとても素敵なのに!」
「またその話? その話は聞き飽きたわ。もっと楽しい話にしてちょうだいな」
セイロンティーの訴えをつれなく振るのもいつもの事。けれど褒められる事に羞恥を感じている事も二人は気付いていた。
「ローズ様、貴女の言葉の裏の優しさを僕達だけは読み違えませんからね」
「そんな事は言われなくても知っていてよ!」
「ミルクティーはまたそうやって甘やかすんだから。でもそうね、私達は絶対間違えないし私達が誤解を解けば良いものね」
少しずつ彼女が纏う薔薇の棘が減ってきたとはいえまだ誤解される事はある。元々彼女は気性も荒いのだ。けれど誤解は解けば良い。そう気付いて穏やかに微笑むミルクティーと目を合わせてセイロンティーが笑った。
「付き合ってられないわね。私は現世に出掛けるけど、生意気を言うお前達は置いて行くわ!」
「待ってよ、ローズ! 行くならついでにおいしいケーキ屋さんに行きましょ。ローズを連れて行きたいお店があるの!」
「もう甘い物は充分だわ! 一人で行きなさい」
羞恥に耐えきれなくなりソファーを立ち上がりケープを纏い部屋を出ていこうとする彼女をクスリと笑って二人は追い掛けて行く。
日差しを好まない彼女の為にセイロンティーは彼女の日傘を持ち、ミルクティーが持っている事の多い彼女の鞄はそのままであった為、笑みを溢してミルクティーが持った。
照れ隠しに怒る彼女を微笑ましく笑って追う二人を庭でラプサンスーチョンが好々爺とした笑みで見送っていた事には誰も気付かなかった。
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