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私たちは、汗拭きシート。
そう、誰もが無意識に手に取る、あの「爽快さ」を売りにしているヤツらさ。
今日、一人の汗だく人間が、コンビニで私たちを買っていった。
「おいおい、今から俺たち、あの汗に突っ込むのか…」と、パッケージの中で皆口々に密かにささやく声が聞こえた。30枚の薄っぺらい私たちが寄り添い、重なり合いながら、じっとしている。アルコールとグリセリンの香りが漂うこの世界。まるで高級スパ…いや、違うな。
たとえるなら、戦場前の静寂だ。(うん。こっちのたとえの方が、しっくりくる)
私たちは一枚一枚は薄く、はかなげな存在。けれど、こうして集まると、なんだか無敵に思えてくる。「一枚じゃ無理でも、みんながいればやれる!」なんて先人が叫んだかもしれない。
うん、そうだな。
だって、これから人々をサッパリ爽やかにする、そんな大事な役目を果たすのだものな。
「準備はいいか? 運命は避けられないんだ」
誰かが言って(声的に、たぶん上から5枚目くらいのやつ。ちなみにイケボ)、一同は少し震えた。
うん、そうだな。
いつかは、このパッケージを飛び出し、外の世界で任務を果たさなければならない。
ついに、カパッとパッケージが開けられた。眩しい光が差し込み、私たちは思わず息を呑む。「ついに来たな…」そう感じた瞬間、私たちの小さなコミュニティに緊張が走る。外の世界はどうなっているのか。湿った体とのコンタクトを想像すると、誰かが「マジであの汗と戦うのかよ」とつぶやいた。(たぶん、声的に上から2枚目のやつ)
最初の一枚が、手に取られた。無言の別れだ。彼は静かに外へ出ていく。「がんばれ!」と、私たちは心の中で叫んだ。そうして、一枚、また一枚と仲間が消えていく。
時間が経つと、少数精鋭となったメンバーは皆、汗との戦いを前に、言葉少なに身を寄せ合う。やがて、私の番がやってきた。
「おい、しっかりしろよ!」と最後の仲間が囁く。私はそっと手に引き抜かれた。そして、いきなり胸に押し当てられる。ベットリ…こ、これは…滝汗だ!
「ふう…」私は瞬時にその汗を吸収し、みずみずしさを感じる。汗拭きシートとして、この瞬間のために生まれてきたんだ。だがその達成感も束の間、あっさりと役目を終え、ゴミ箱へと投げ込まれた。
私が着地した先には、既に力尽きた仲間たちがぐったりしていた。
「やあ、やっぱキツかったよな?」
問うと、「そりゃあもう…」みんながうなずきあう。
その時、パッケージの中から最後の一枚が引き抜かれる音がした。私たちは静かに見守った。「がんばれ…」と声をかけたが、運命からは逃れられない。
「もう嫌だ! 予想以上!」
その叫び声と共に、最後の一枚がゴミ箱に投げ込まれた。
その瞬間、冷たい風がエアコンから吹き出し、私たちの上に無情に降り注ぐ。
「おい、遅くないか?」
私は小声で呟いた。そう、ようやくエアコンが入ったのだ。
そして、沈黙。
たまに蝉の鳴くサウンド。
私たちはただ、冷気に包まれながら、ゴミ箱の中で静かに集まっていた。
(了)
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