集骨活動

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最近、眠れない。 いや、眠れないのは一年前からなんだけど、最近は特に眠れない。 一年前、母に病気が見つかった。 余命は半年と宣告された。 それから私はうまく眠れなくなった。 三か月前、母が亡くなった。 心づもりをしていた期間よりも長く生きてくれたけれど、やっぱり悲しくて、私はさらに眠れなくなった。 最近、眠ると必ず夢を見るようになった。 「私を集めて。バラバラは嫌」と母が泣いている夢。 毎回、決まって全く同じ内容。 母の泣き方が悲痛で、私はこの夢を見ると飛び起きる。 そして、その後は眠れなくなる。 母の夢を見るようになったのは、母が亡くなった直後からだけど、最初は時々だった。 今みたいに、毎晩じゃない。 夢に出てくる母の様子が、最初とは随分と変わった。 初めの頃は、夢の中の母は優しく微笑んでいた。 「ミユちゃん、ありがとうね。ミユちゃんのおかげで幸せな人生だったわ」 と言っていた。 今みたいに泣いていなかった。 母の人生が幸せだったとは思えない。 私が3歳の時に父が死んだ。 偶然だけど、母と同じ病気だった。 とても仲の良い夫婦だったと、周りの人から聞いている。 私は父と過ごした時間を、残念ながら覚えていないけれど、父を大好きだった感覚は今もまだ私の中に残っている。 母は最愛の人を早くに亡くして、それだけでも悲しい人生だったと思う。 私は苦労を感じずに育ってきたけれど、それはその分、母が苦労を背負ってくれたからだと知っている。 母は破れた服を繕って着ていたし、少ししかご飯を食べなかったし、化粧をしている所を見たことがないし、髪は自分で切っていた。 ずっと働いていて、仕事に行かない日はなかった。 もっと休みながら働くことが出来ていたら、病気にならなくて済んだのかもしれない。 私が小学生の低学年の頃、母に恋人を紹介されたことがある。 「まさか結婚しないよね?」 私は先手を打った。 別にその人が嫌ではなかったし、母を取られたくないとか思わなかったし、父が可哀想とも思わなかった。 なんとなく、そういうものだと思っていたから、そう言った。 親の再婚には、子どもは抵抗を示すもの。 マンガで読んだか、ドラマで見たか、そう振る舞うものだと思っていた。 そこに私の意思はなかった。 母は何も言わなかったけれど、それからしばらくして、その人と別れたことは何となく分かった。 罪悪感とも違う、後味の悪さが私にベタっと貼りついた。 今はあの時のことを後悔している。 私が母の人生を変えてしまった。 あの時、再婚していたら、母は楽な暮らしが出来ていたかもしれない。 一人で子育てをする重圧から、解放されていたかもしれない。 母は女にもなれていたかもしれない。 もしあの時、再婚していたら、母は今も生きていたかもしれない。 「ミユちゃん、ありがとうね。ミユちゃんのおかげで幸せな人生だったわ」 と夢の中で母が言うたびに、そんなはずないと私は思った。 私という子どもがいたから、母は自由になれなかった。 私が再婚を許さなかったから、母は働き詰めだった。 私のおかげで幸せな人生だったなんて、ありえない。 だから夢の中の母の様子が変わって、泣いて私を責めるようになった時、私はどこか納得した。 これは母の本心だ、母が思っていることを言うようになった。 やっと私も就職して、これから母に恩返しをしようとした矢先に母の病気が判明して、私は何も返せないまま母を逝かせてしまった。 「ミユちゃん、ありがとうね。ミユちゃんのおかげで幸せな人生だったわ」 という母の台詞は、罪悪感から逃れたい、私が欲しい言葉のように思える。 今、母が泣きながら毎晩、繰り返し言っていることが、母の本当の願いなんだと思う。 だけど「私を集めて。バラバラは嫌」って?
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