相続

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相続

 あるところに、ゲーム嫌いな男がいた。 何しろ男の父親はゲーム中毒で、家庭をまったく顧みない。それどころかいつしか働かずにゲームばかりして、家族は困窮していった。 ついにはゲームに金をつぎ込み、借金をいくつもこしらえたあと、自宅から煙のように消えてしまった。  だから男はゲームが嫌いだ。  家族を壊した、諸悪の根源だ。  しかし、この世からゲームをなくすことは不可能だと、男にはよくわかっていた。男だって、子供の時はゲームを楽しんでいたからだ。 「自分が嫌うだけなら、人から何か言われることもないだろう」  男は、心の中でゲームに対し憎悪を吐き捨て、ゲームの宣伝を見ないようにこのご時世に個人用端末を持たずに生活していた。  そんなある日のことだ。父親の遺言状を預かった弁護士だという男が現れた。  今年で45歳を迎えた男は、将来に不安を抱えつつあった。介護士として働いているが、母親を支えながら2人で食べていくには、少し心もとない。  まさか借金でも残っているのか?  おそるおそる、弁護士と会った男は思いがけない話を告げられた。 「お父様のゲームアカウントを相続していただきたのです」  嫌ですよ。即答しようとした男だが、ふっ、と引っかかる。  男がじっと話を待っていると、弁護士がとうとうと語った。 「お父様からの遺言で、あなたがお父様のゲームアカウントの相続者となりました。非常に高額なものとなるため、私が間に入る手筈が整えられたのです」 「高額? ええと、古いゲーム機器とかですか?」  昨今、古いゲーム機やカードゲームのカードに高値が付くことは男も知っていた。  もしかしたら父親の遺品にも、そのような品が含まれていたのだろうか。 「いいえ。実はお父様がやりこんできた『クラウド・レイン』というオンラインゲームがあるのですが……そのゲームは昨年、世界的に人気が爆発しまして」  父親がプレイしていたかは分からないが、男にも『クラウド・レイン』という単語には聞き覚えがあった。テレビニュースでも、なんでも、ゲーム画面が出たらすぐチャンネルを変える男でも知っている有名なオンラインゲームだ。 男が頷くと、弁護士が極めて冷静に伝えた。 「お父様のアカウントは、時価総額で50億円ほどの価値に跳ね上がっています」  何を言われたか分からず、男は呆然と弁護士の顔を見つめ返した。 「『クラウド・レイン』には、たとえばイベントの報酬などで、世界でただ1人しか入手できないアイテムが何百と存在します。お父様は、その、非常に長時間プレイしていた方で『クラウド・レイン』が人気になる以前から、いくつもアイテムを集めてこられたのです」 「ええと、じゃあ、そのアイテムに価値がある?」 「そうなんです」 「でも、ゲームですよね」  訝しむ男に、弁護士は深くうなずいた。彼はノートパソコンを取り出し、資料を男へ見せる。 「『クラウド・レイン』の希少アイテムには、仮想通貨が付与されております。この通貨の価値が跳ね上がりました。元はそれほど高額でもなかったのですが……」 「……なるほど。父は何時間もゲームをして希少アイテムを大量に集めていた。でもその価値が大幅に上がって、今の段階なら売れば50億円になると」 「そうです。近年はオンラインゲームの長期運営と、それに伴うプレイヤーが死去した場合のアカウントの活用が課題となっております。運営側も以前から検討していた『アカウント相続』のシステムの先行事例になるとして、仮想通貨の暴落リスクもありますから、相続が無事に済めば、その当時のアイテムの価値がいくらになったとしても、最低お父様が課金なさった3,000万円をお支払いいたしますとのことです」  男は頷こうとして、ギリギリのところで耐えた。  45歳。社会人経験のたまものだった。 「ひょっとして、何か条件があるのではありませんか?」 「はい。アカウントを継承するには、フレンドを100人集めなくてはなりません」 「……ふ、ふれんど?」 「あっ。ゲーム内にフレンドと言って一緒にプレイする友人を登録する機能があるのです。現実の友人ではなく、たとえばSNSなどのフォロワーのような感じでしょうか」 「はあ、なるほど……えっ、それを100人!?」  目を見開く男は困り果ててしまった。男は決して友達付き合いがうまい方ではない。父親がゲーム中毒で、おまけに借金まで作って蒸発したことが、男にはとても恥ずかしかったのだ。  そんな自分が50億円のために、大嫌いなゲームの中でフレンドを100人も……。 (いや。50億円の価値が手に入るなら、それはありじゃないか?)  考え直した。  大嫌いなゲームだ。しかし、今後の母親の介護や自分の将来を考えると、50億円という価値を手に入れるのはやぶさかではない。  それに万が一、50億円の価値がなくなったとしても、アカウントを相続すれば3,000万円が手に入る。  いくらゲーム嫌いでも、金のためならプレイできるかもしれない。 「……やります」  男は弁護士に頷き、その日のうちにゲームをプレイできる用意を整えたのだった。
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