神に選ばれし者

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「ようやくこの時が来たのか……」  「四人の選ばれし者を神殿に導け」という神託を受けてから早四年。あの日の言葉通り、神だか精霊だかに選ばれた三人の若者を見つけ出し、ようやく神殿までたどり着くことができた。長いようで短かったような妙な気分だが、今はやり遂げたという高揚感で一杯だった。 「なーに泣いてんだよ、エレン」 「泣いてねえよ! うわっ!」  マーサにバシバシと背を叩かれて思わず咳き込む。彼女なりに涙ぐむ俺を慰めようとか励まそうとしているのだろうが、剣闘士としてならした彼女の力は一般人とほとんど変わらない身体能力の俺にはいささか強すぎる。もはや目尻に滲んだ涙が感動によるものなのか痛みに起因するのかも分からない。 「あー、悪い。つーかアンタいつまで経っても弱っちいなぁ」 「本当に悪いと思ってるのか」  俺を揶揄うようにケラケラ笑うマーサをヒースが睨みつける。そしてヒースはため息を吐きながら回復呪文を俺へかけてくれた。限られた魔力を使わせるほどの怪我ではなかったのだが、ヒースはいつでも俺に対して結構過保護なのだ。ずいぶん楽になった痛みに安堵しながらヒースに笑みを向けた。 「ありがと」 「どういたしまして。で、落ち着いたら家探ししているあの女を止めてくれるか」 「え……ちょ! 何してんの、シロ!」 「初めて来たところはとりあえず色々探し回らないとねー。しかもここってなんか選ばれたやつしか入れないんでしょ? 絶対お宝あるって!」 「マジ? ならアタシはこっち探す!」 「ちょ、マーサは馬鹿力なんだからなんにも触らないで!」 「貴様こそ何にも触るな、コソ泥女。今度こそ処刑されるぞ。この不心得者め」 「んな小さいもんじゃねーし。私は天下の大泥棒なんですけど!」 「天下の大泥棒ね。捕まってたくせに」 「自力で逃げ出せましたけど! でもアンタらがどうしてもって言うから来てやったんじゃん!」  ギャーギャーと揉める三人を眺めていると三人が神託の言うところの「選ばれし者」で間違いないのかという不安が襲ってくる。一人一人の実力は全く持って問題ないのだが、本当に世界の命運を任せてしまって大丈夫なのだろうか。特にシロ。  先ほどマーサとヒースが口にしていたように、シロは所謂「盗賊」というやつで、聖堂から宝飾品を盗もうとしたところを捕らえられて地下牢に放り込まれていた。俺たちが見つけ出した時には処刑寸前という有様だったのだ。村長や村人を何とかなだめすかして、最終的に大聖堂の神官だったヒースの威光を借りてようやく牢から出してやった。しかしどうやら当人は恩とも思っていないらしく、こうして今日もお宝を元気に探している。まあさすがに思うところがあったのか、人のものには手を出さなくなったのでなんとか一緒に旅をしていられたのだが。 「私なんかまだまだ。それよりあの『血みどろマーサ』がこんな旅に大人しくついてきてることの方が恐怖じゃないですかねぇ」 「んなだっせえ二つ名持ち出してくんなよ……。まあ雑魚モンスターに囲まれて死にかけてる坊ちゃん見ちゃったらなぁ」 「そ、その節は……」  しゅんと肩を落とした俺を見て、マーサもシロも腹を抱えて笑っている。ヒースだけは呆れたように笑う二人を睨み、二人の頭にごつんと拳骨を勢いよく落とした。 「いってぇ! なにすんだ暴力神官!」 「アンタ、エレンに甘すぎんじゃねえですかねぇ?」 「貴様らのようなのに絡まれるのが可哀想で見ていられないだけだ」  多少の恩を被せたシロはともかくとして、マーサにせよヒースにせよ、よく俺なんかの勧誘でこの神殿までついてきてくれたものだと思う。元々信仰心に篤いヒースまだしも、マーサは神のことも精霊のこともなにも信じていなかったはずなのに。 「……なんつー顔してんだ?」 「いや、なんでマーサって俺のこと助けてくれたのかなって」 「へ……はぁー!? 今!?」 「え、ちょ、いったぁ!」  ふと疑問を口にしただけだったのに、マーサは真っ赤な顔をして俺の背を思いっきり叩いた。俺が吹き飛んだというのに、シロだけではなくヒースすら呆れた表情で俺を眺めていた。シロなんて慰めでもするようにポンとマーサの背を叩いている。一体俺が何をしたというのだろうか。 「ちょ、ちょっとくらい心配してくれても……」 「今のはエレンが悪いからなぁ」 「……俺でも擁護しかねる程度には」 「えー……」  結局マーサが俺の護衛を自らかって出てくれた理由はさっぱり分からないままだった。しかし今更そんなこと、もうどうでもいいか。とにかく神託通り四人で神殿にやってきたのだ。これできっと何かが起きるのだろう。そしてその後、一体俺たちにはどんな役目が与えられるというのか。期待と少しの恐怖で落ち着かない気分のまま、神殿の中をぐるりと眺めた。 「あの中心部、なんかちょっと怪しくないか」 「……確かに何かの目印のように見えるな。立ってみるか」 「怪しくねーの」 「神殿に邪悪な罠などあるまい。それに何かあれば対処するのが貴様の仕事だろう」 「お前は自分で何とかしろよ。アタシは動けなさそうな坊ちゃんの世話で手一杯なんでね」 「ちょっと、私はどうすんのさ」 「ちょこまか動くの得意だろ」 「みんな。とりあえずいったん落ち着いて」  普段と変わらず好き勝手に会話を続けている三人を宥めてとりあえず部屋の中心に刻まれた紋章の上に立つ。さて、何が起きるのかと身構えたものの特に何も起きずに時間ばかりが過ぎていく。 「……なーんも起きねえな。本当にここなのか?」 「神殿としか俺は聞いてないからなぁ」 「自分のところにあった神託の通りだと、この神殿で間違いない。大教主ですらめったに足を踏み入れられない地なのだし……」 「なんか言ってみればいいんじゃないですか。おーい、お言葉の通り大盗賊のシロ様が来てあげましたよー」 「貴様、不敬だぞ!」 「呼びつけといてだんまりな方もどうかって話だろ。はー、どうすんのこれ」 「まあまあ。とりあえずいったん落ち着いて。状況の整理を……」 「あ、あの……大丈夫でしょうか」 「リジェ。入ってきちゃダメだって言ったろ」 「すみません。でも皆さん中々出てこられないので、僕心配で……」  入口からひょっこりと顔を出したリジェを思わず窘める。しかし少年の言うことももっともだった。多分この部屋に入ってから数十分は経っている。心配するなと言うのも無理な話だ。特にリジェはまだ十にも満たない年齢なのだから。  リジェのことは本来連れてくるつもりはなかった。しかし神殿にたどり着く前に立ち寄った村で妙に懐かれてしまい、そして身寄りがないとのことだったから仕方なく連れてきてしまったのだ。 「まあいいじゃん。どうせなんにも起きねえんだし」 「子供ならではの視点って結構有用ですからねぇ。なんか思いつくかもしれないですし、リジェも中に入れてみてはー?」 「え……まあこれ以上外にいてもらうのも心配だし、そうだなぁ……おいで、リジェ」 「は、はい!」  一人で待っているのも不安だったのだろう。リジェは表情を明るくすると元気よく返事をして俺たちのもとにパタパタと走ってくる。そして地面に刻まれた紋章に気づき首を傾げた。 「これ、見たことあるような」 「え、本当か。どこで?」 「えーっと……確か夢に出てきたんです。ちょっと待ってくださいね」  そう言うとリジェは紋章の真ん中へ向かって真っすぐに歩き、そこにひざまずいた。夢に出てきたと言ったが、リジェももしかして神託を受けたのだろうか。一体何をするつもりなのか。固唾をのんで見守っていると突如地面の紋章が光を放ち始めて目を見張る。 「お、わ。光ってる!」 「一体何が……」  困惑する大人たちをよそに、リジェはすっと立ち上がり、そして上を見上げた。釣られて同じように視線を上げると、そこには見たこともないほど美しい人に似た姿の何かが描かれていた。そしてその何かが持つ杖から光が放たれ、それがリジェを包み込んだ。慌ててリジェに駆け寄ったが光に阻まれて彼のもとにたどり着けない。悪いものではないような予感はしているがそれでも心配で思わず大きな声を上げた。 「リジェ、大丈夫か!」  しかし俺の言葉は届いていないのだろうか。リジェはまっすぐに天井から差す光の方を見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。 「……今、我ら集結す」  子供の口からとても出てくるとは思えない古めかしい言葉。一体何が起きているのだろう。それを俺が理解するよりも先に今までよりももっと光が強くなって目を開けていられなくなった。  どれほどの間目を瞑っていたのだろうか。恐る恐る目を開くと、俺たちの前には穏やかな表情を浮かべた神々しい人に似た何かが姿を現していた。何一つ示唆なんてなかったけれど、それでも直感的に分かる。この方が、我々が神と呼ぶ存在なのだろう。 『よく集まってくださいました。私が選んだ、世界が選んだ、四名』 「四……?」 「……リジェはカウントされていないのか?」 「いや、でもリジェがカギになってたようにしか思えないんですけど」  怪訝な顔をした俺たちには構わず、『神』は話を続ける。 『あなたに託して正解でした。役目を果たしていただきありがとうございます』 「え、俺でしょうか。こ、光栄です」 『人にとってはきっと長き時間だったのでしょう。ようやく、ようやくこの日がやってきました。これであなたの役目は終わりです』 「……え?」 「お、終わりってどういうこと?」 「か、神よ。それでは、我らは何のために集められたというのですか!」  神の言葉に困惑して声を漏らす。同じようにマーサとヒースも声を上げてくれた。あまりにも真意が分からない。一体俺たちはなんのためにここに来たというのだろうか。なんのために選ばれたのか。何かの役割があるのではなかったのか。当惑する俺たちをよそに、なぜかシロだけが冷静なまま神を見据えていた。 「あなたの、って言いましたよねぇ。あなたたちの、ではなくて」 「……ど、どういうこと、だよ」 『あなた方四人には力を授けましょう。これから現れる邪悪なるモノに対抗するための力を』 「え、だって今役目は終わったって」 「……なるほど。そういうことか」  絞り出すように言葉を発したヒースの方を振り返る。ヒースはぎゅっと眉根を寄せ、なぜか憐れむように俺を見た。 「何言ってんの。アタシ、全然分かんないんだけど!」 「今、神は『エレン』の役目が終わったと、そう言ったんだ」  神の言葉でなんとなく予想はできていたのだ。しかし見ないようにしていた結論をヒースの口から聞いて愕然とする。一体俺が必死に努力した四年間とは一体何だったのか。俺は……俺は選ばれし者ではなかったというのか。だとしたら四人とは、四人とは俺が見つけた三人と、リジェだったというのか。よくよく考えてみれば、確かにおかしかったのだ。危険な旅に子供を同行させるのをなぜか誰も咎めなかった。まるでそうすることが当たり前かのように。  いつの間にか俺を除く四人は神から降り注ぐ光に包まれていた。そして光が消えた後、俺から見ても分かるほどの力を四人は手に入れていた。 「あ……マーサ、ヒース、シロ……リジェ……」  俺の呼びかけは四人には聞こえていないようで、なんなら俺の存在すら四人は忘れてしまったようで。  四人は顔を見合わせると神殿の奥の壁へ向かって歩き出した。そしてそのまま壁を通り過ぎて奥へと姿を消してしまった。まるで俺にだけ見えない扉でもあったかのように。  呆然と立ち尽くす俺の耳元で『お疲れさまでした。これであなたの役目は真に終わりを迎えました』という声が聞こえた、ような気がした。
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