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百物語のその始まり
あつ‐める 【集める】
《下一他》
多くのものを一つ所に寄せ合わせる。
私たちは何故、それを集めてしまったのだろう。
その切欠はゴールデン・ウィーク明けだった。私は随分と久しぶりに、文フリ、いわゆる文学フリマに訪れた。文芸、つまり小説や詩なんかを作ってる個人やサークルが寄り集まって、互いの作品を売り合う即売会イベントのこと。漫画でいうところのコミケ。今年の会場はビッグサイトDa。
晴れ渡った空に目を潜める。りんかい線の国際展示場駅からビッグサイトに至る道は遮るものもほとんどない。暑いほどではないけれど、照りつける日射に目を潜め、薄手のニットの下に僅かに汗をかく。
漸く会場にたどり着き、たくさんのブースが並んでいる様子を見て込み上げた思いは、懐かしい、だった。
そう、懐かしい。つまり私にとってここは既に、日常とは切り離されてしまった場所。けれど、足は自然とかつて通った方に向く。
「あれ。百禄さんじゃん。随分久しぶり」
その声に振り返れば、見知った顔がチラシを差し出していた。
「岬の会さん! お久しぶりです」
「なに、もうやめちゃったかと思ってたんだ。夜の光さんとこSNSもやってないでしょ、今どき」
「あはは。でもやめてるのも同じかな。なかなか時間とれなくてさ」
「そっか。もう書いてないの?」
ざっと見回せば、会場は熱気に包まれている。私は3年ほど前までここにいた。大学で夜の光という文芸サークルに入っていて、ここで本を売っていた。けど就職して、全然時間が取れなくって。一度離れてしまえばなんとなく、それが習慣になってしまう。
「や、続けたい気はあるんだけどさ。今日もすごい久しぶりに休み取れた感じ」
「そっか……百禄さんの怪談、結構好きだったんだけどなぁ。もし再開したら教えて。絶対買うから」
「そう言ってもらえると嬉しいんだけど……」
実話怪談は少し特殊だ。大分脚色することはあるけれど、実話がベースになっている。実話怪談を書くには取材が必要で……そんな時間なんて取れそうにない。
岬の会もホラー系の一次創作をしている。サスペンスが多いけど、そのリアリティのあるところとシャープな作風は好みだったし年齢が近いのもあって自然と仲良くなった。それでお互いによく本をお迎えしていた。懐かしい。
「そうだ。これ。もし時間があったらでいいんだけどさ」
岬の会が再び差し出したチラシを手に取れば、百物語と書いてある。
「なんかさ、文フリも結構メンバー変わってるんだよ。やっぱ就職したり引っ越したりとかで疎遠になってね。だから百物語しようと思って」
「だから?」
「百物語だったらさ、今はネットでできるじゃん? 配信とか。それならまたみんなで集まれるかなと思って、久しぶりに」
久しぶりに集まる。その言葉に少しだけ興味が向く。
楽しかった過去。このホラーの島も、半分くらいは新しいサークルが入っている。知った顔は減っている。
「百禄さんって名前も百物語向きじゃん。やろうぜ、百物語!」
その時、岬の会は確かに楽しそうに笑っていた。そのはずだ。
「そうね。楽しそう。でも上手くいくかな」
「それをこれから考えるんじゃん。ほら、これ私のLIME。登録して」
強引に押し切られた形で受け取ったチラシには、たくさんの蝋燭のイラストとDiscardのアドレスが書かれてあった。
改めて思い出す。文フリで出会って本を買う。私たちはそれだけの縁。
お互いにペンネームしか知らない私たちは、その時一体何を集めようとしてたんだろう。
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