「思惑」

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「テメッ、ふざけんなよ?」 ありったけの毒を込めて、暗闇に光る赤い点めがけて、角材を思いっきり投げつける。プラスチックが砕ける音と蛙のような呻きに手ごたえを感じるが、怒りは収まらない。崩れ落ちる方向に足を進める体に静止がかかる。 「不味いですよ“J”さん」 「っせぇ“S”止めるな」 「いいから、もう、出ましょう…ここ」 自身の目を、まっすぐ見つめる視線に少しづつではあるが、頭の中が落ち着いてくる…  体験者Jに言わせれば、現在、世間を騒がせている闇バイトのようなモノだったと言う。 当時、高校を出て、すぐに務めた土木工事をクビになったJは金がなく、職業斡旋所の外で声をかけられ、数人の男女と山深い地域に立つ廃墟の解体作業を請け負う。 「みーんな、俺と同じみたいな奴等…学生時代はイケイケだったけど、卒業した途端に社会の底辺、現実をモロに喰らったって顔をしてたよ…どいつも相手を見るときは、目を逸らして、ビクビクしてさ。情けねぇけど、俺も同じだったよ。 でもアイツは違ったな」 集められた中にいたSは、Jと同じか、少し年が近いくらいの女性、他のメンバーと違うのは目を逸らさない事、顔をまっすぐ見る姿勢に好感が持てた。 だから、廃墟だと思っていた施設は、これからオープン予定の工事現場で、その工事の妨害が、自分達の仕事だとわかった時は、何とかして、彼女と自分の分だけでも報酬を確保しようと思った。 「他の奴等は、見張りの同じような荒くれの土木員と乱闘状態…後で知ったが、夜中に現場を荒らしたり、盗んだりする事って、結構あんのな。それを防ぐために何人かで見張るらしい。特に人気のない山ん中とかは、重点的に…もう、アワ食った…ホントにさ。連中、殺す気なんじゃねぇかってくらい、バットとかシャベルを振り回してきて…オマケに運転手の奴は隠れて、俺達が喧嘩してる様を録画してやがった。 ボコって、聞いたら、血だらけの口で喋りやがった。ニ〇動に上げるってよ。雇い主に黙って…今のユーチューブみたいに収益とがない時代だったけど、いるんだってよ。そう言う映像に金出す奴…雇い主も運転手も、俺達をそれぞれの思惑で集めてやがった。だが、最後はもっと酷くてな」 運転手のポケットから拝借した、数万の紙幣をSと分け合ったJは徒歩でどうにか下山し、山の入口にあったホテルに入る。酒を飲み、一段落した所で、意識が昏倒した。 次に目が覚めた時は、左側が真っ黒の視界…反対側で確認すれば、細いメスと注射器を持ったSがベッドの上で馬乗り…彼女が背負っていたリュックサックの中身は、大きなガラス瓶のケース、その中に浮かぶいくつもの白い球体は、どれも真ん中に黒い丸がある。 顔を逸らさず、目をまっすぐ見つめる彼女の思惑を理解できたJは悲鳴に近い怒声を上げ、Sを蹴り上げると部屋を飛び出て、フロントに駆け込む。 「スタッフと行ったら、ずらかってやがった。蹴った瞬間、俺のがアイツの手元から落ちたけど、しっかり回収されてたよ。瓶の中には、8個、多分両目がセット…だから怖い。アイツがもう片方を取りに来るのを…」 そう言って、Jは作り物の目を、ぽっかり空いた眼窩に収めた…(終)
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