山の祠へ届けたら

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「集めても集めても増えるし、飛んでくなぁ」 「秋ですからねぇ」  ちょっと行ったら山の入口。  そんな場所にある自宅前。  家にある木のもそうなのだが、それ以上に近くから飛んできた色とりどりの落ち葉は集めても集めてもキリがなかった。 「まあ、終わらないのは覚悟していたけど」 「してたんですね」 「流石にちょっとめんどくさいな」 「でもやるしかないですからねぇ」  少し前から居候しているお手伝いが苦笑いをしてからまた箒を動かし始める。  ポケットの中に手を突っ込んで、中身があるのを確認する。 「奥の手を使うか」 「奥の手?」 「ちょっとどんぐり集めに行くから付き合ってくれ」 「あ、はい……どんぐり?」 「そう、どんぐり」  多少、不思議そうにしていても素直について来る。  このぐらいでないとこの家ではやってけないので助かる。  どんぐりを拾いながら、山の奥へと入っていく。  一般的に山には所有者が居るので、勝手に入ってはいけない。  なのだが、この山は俺が地主なので問題はない。  勝手知ったる山の道を進んでいく。  都会の人間なら「道がない」と言われそうだが、ここはまだ道だ。  舗装されてはいないが、踏み固められていて草もそこだけ生えて居ない。 「あ!」 「どうした?」  どんどんと進んでいく途中、何かを拾った後こちらに駆け寄ってくる。  眼潰しされるのかと思う勢いで出して来た手には、つやつやと輝く茶色があった。 「見てくださいこのどんぐり! すっごく大きい!」 「おぉー、ほんとだ。目立つな」 「はい! 僕、このサイズ初めて見ました!」  キラキラと輝く瞳をこちらに向けてくるので、顔が綻ぶ。  どんぐり一つでそんなに喜べるのはいくつまでだったか。  そんな事を考えながら折角見つけた大きな どんぐりを指さして言う。 「自分で欲しかったら分けておけよ、手放すことになっちまう」 「そうなんですか?」 「ああ……っと言ってたらもう着いたな」 「ここは……?」  昼でも少し暗く感じる程大きな木に囲まれた中、少し明いた空間の真ん中。  こじんまりとした古い木で出来た祠があった。 「用事があったのはここだ」 「こんなところあったんですか!」 「一人で来ようとするなよ、絶対に迷うから」 「来ませんよ! ショッピングモールの中でさえ迷子なので!」 「自信満々に言うことじゃないが、素直なのは良いことだな」 「はい!」  過去にこの一言が守れなくて、帰って来なかったヤツが結構いるので助かる。  必要以上に祠に勝手に近づいたり触ったりもせず、ほどほどの距離感のまま彼は立っている。  それを横目で確認してから、集めてきた どんぐりを祠の前に静かに置いた。 「……今回もこれで、よろしくお願いします」  手を合わせて俺が一礼し、立ち上がる。  離れるのを待ってから彼は聞いてきた。 「何を、してるんですか……?」 「集めたどんぐりを供えて来た」 「どんぐり、お好きなんですか?」 「ああ、嫌いじゃあないんだろうな」 「そうですか」  そういうと少しだけ考える風にして、それからポケットから先ほどの大きなどんぐりを取り出した。  俺の顔、どんぐり、祠の3つを交互に見る。 「僕も近づいて良いですかね」 「投げつけるとか壊すとかでなければ」 「そんな罰当たりなことしないですよ! これも喜んでくれるかなって」 「大事なら無理に備えなくていいぞ?」 「良いなぁって思ったんですけど。そのままどこに仕舞ったか忘れちゃうだけかも……って思ったんです」 「なるほど。お前さんが良いなら好きにしたらいい」 「はい! では、少し失礼します」  静かに近づいて行って一礼する。  それから、一際大きくて綺麗などんぐりも先ほどの中にそっと置いた。  手を合わせてしばらく一礼し、立ち上がって俺の所に戻って来た。 「……行ってきました!」 「よし。じゃあ帰ろうか」 「はい!」  来た道を転ばないようにゆっくり戻っていると、彼が聞いてきた。 「……ところでなんのお供えだったんですか、どんぐり」 「もう少し行けばわかるさ」 「……はい?」  不思議そうにする彼の視線が、俺の指さした方にそのまま向いていく。  開けて家の近くが見えると、目を大きく見開いた。 「わぁ……!」 「基本は自分でやるもんだが……たまになら奥の手として付き合ってくれるわけだ」 「すごい! 人が通る道だけ落ち葉がなくなってます!」 「おう。ま、しばらくの間だけだけどな」 「大きいどんぐり分伸びたりしませんかね?」 「……さぁな。量と時間の関係とか考えた事なかった」  気温が下がって来たころに沢山落ちて来て、ピークを過ぎれば緩やかに減る。  しばらくの間だけでも止めてくれれば、それだけで十分すぎるのだ。 「あ、でも集めた分はなくなるわけじゃないんですね」  家の中に集めた分の落ち葉は、多少風にかきまわされているものが残っていた。 「……後で焼き芋でもやるか」 「あ、良いですねぇ」 「さつまいもは昨日買って来たはずだから……」  家の中に探しに行って戻ってくると、彼は先ほど降りて来た山の方を見ていた。 「どうした?」 「いえ、祠さんは焼き芋、お好きかなって」 「……そのままのはともかくとして、焼き芋は供えた事がないな。冷めるし匂いも強いし」 「動物に盗られちゃいますか」 「かな、と思ったんだが……」 「はい?」  強い風が吹いたので振り返ると、集めた落ち葉は微動だにしていなかった。  その代わり、足元には見覚えのない物があった。  ――たべたい。  沢山のどんぐりが器用に並べられて、文字になっていた。 「……興味はあるらしい」 「あっ、さっきのおっきいどんぐりが句読点みたいに!」 「目印に使ったんだろうなぁ」 「どうやって持っていきましょうね」 「作ってみたら一個無くなってたりしてな」 「その方が祠に持って行くより、熱々で美味しそうです」 「確かになぁ」  ははは、と笑いながら準備を進めていく。 「乾燥してるから燃え移らないように気を付けないとなー」 「ですねぇ」  集めたどんぐりで作った時間で、集めた落ち葉で焼き芋をした。  入れた時は3本作ったはずのそれは、焼きあがった頃には一本。  跡形もなく無くなっていたのだった。
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