ある夜の集会

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川の両岸に走る遊歩道は良く整備され、人がまばらであればジョギングにはちょうど良いコースだった。 同じ考えかどうかは分からないが、走る人や歩く人とも勿論すれ違う。 自動車が入ってこないので安心してワークアウトができる。 頃合いならば日没後、景色を見ながら散歩する高齢者や愛犬の散歩の時間帯が終わったあたり。 自宅から川に向かい、普通の道路から遊歩道に入る。 川の流れと一緒に走り、隣町との境近くにある橋で対岸に渡り、今度は川の流れと逆に走る。 抜けて来た景色を向こう岸に、逆回しで見ながら入って来たポイントまでの往復で背セットを終える。 暗い墨絵に溶け込んだ風景の中を、首から下げる携帯ライトを身に付けながら、視覚以外の感覚を研ぎ澄ましながら決まったルートを往復するのが日課だった。 最も、これは新しくスマートウォッチを購入してから搭載している機能に合わせ、特別ではないタイプのトレーニングとして走るのをやってみているだけなので、具体的な目標があるわけではない。 ただ抽象的に日々の数字に走った数値が記録され蓄積されていくのが面白くなったことで続けているのが大きい。 もちろん、走り始めてから心なしか身体が軽くなった気もするので良い効果があるわけだが。 何よりも人の気配がない宵の空気、柔らかい風、路傍の草木の匂い。 一定時間、孤独になれて頭を空にできるのがありがたかった。 整備された遊歩道にはところどころ地域住民の憩いのためのポイントが作られてあった。 わずかに広く取られたスペースには植栽と腰掛けることのできるベンチが用意されてあった。 その時刻に座っている人を見るのは稀なのだが、その日、通り過ぎる間際にぎょっとして速度を緩めた。 ベンチを中心にしたそのエリア一杯に猫がうずくまったり歩いたり……猫がたむろしていたのだ。 ちょっとした光景で持っているスマホで撮影しようかと止まって取り出そうとした。 しかし一瞬遅れて気がついた……猫たちの中心に人がいたのだ。 ベンチに一人座る、多分男性だろうけれど年格好が暗くてよく分からない相手だった。 撮影をするのがはばかられ、そのまま走りを再開し折り返しの橋を目指した。 遊歩道自体は続いていくのだが、途中横切る道路の橋まで来てから人道橋を通り向かいの岸側に入った。 遡行しながら、先程通り過ぎたベンチのあたりを対岸から伺った。 猫が数匹見えたが、ベンチは無人になっていた。 翌日、同じ時間と同じコースを走った。 例の猫の集団がいたベンチを通過したが、その日は1匹も姿が見えず、以降の日も同様だった。 あの日見た人影、座っていた男は何かをやってあれだけの猫を集めてはべらせていたのじゃないか、と思うとあの日以前に別段猫の姿も見かけなかったのでそれが当たり前の光景だと気がついた。 ほとんど忘れかけた頃、いつものように走ってる最中、例のベンチのポイント付近だった。 前方に猫の影が見えてペースを緩めた。 歩道の真ん中に2匹、猫がうずくまり道を塞いでいた。 踏んづけないようによけて通過すれば普通に問題ない。 抜けて進もうとしてベンチを見たらその場所には猫が何十匹も集まっていた。 見たところ猫だけだ、人影はない。 見ていると1匹の黒猫と目が合った……緑の眼でまるで呼ぶように鳴き声を上げてくる。 ちょっとくらいなら、とベンチに向かうと歩道に出ていた2匹が足元にじゃれつくようについて来た。 ベンチはまるで誰かが座るのを待つかのように席を開けて猫たちに囲まれていた。 猫たちを脅かさないようにゆっくりと座ると横に座っていた猫がすかさず腿の上に乗ってきた。 こりゃ立ち上がれないな、と思いながら不思議な感覚になってきた。 正面に1匹が座って下から緑の眼でこちらの顔を見上げてきた。 最初に目が合って鳴いてきた猫だ。 なんだか猫たちの王様になった気分だ……しばらくこのままで……。 気がつくと自分は猫の中の1匹になっていた。 身に付けていた衣服も時計もライトも無くなって、猫の身体になっていた。 隣に神妙な顔の猫が見ていて 「先日はどうも」と猫語で話しかけてきた。「前にここを走ってた人ですよね」 姿形は変わってたが、最初に見かけた時にベンチに座っていた男らしかった。 「まだまだ猫数がたりないにゃ」 目を合わせて鳴き声をかけてきた緑目の黒猫が猫の集団の真ん中で喋っていた。 「もっと集めにゃければ」
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