プレリュード 夢の歌

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 ――ふっ……と、客電が落ちる。非常灯も消え、客席は闇に沈む。劇場を埋める観客が息を呑み、天井の高い広々とした空間は水を打ったように静まり返る。  客席からは見えないオーケストラピットでは、コンダクターの掲げるタクトにオケの団員たちの神経が集中する。  痛いほどに研ぎ澄まされた緊張感の中、コンダクターがタクトを振り下ろす。  鳴り響く序曲(プレリュード)。耳に馴染んだ主題(テーマ)の旋律に、客席の興奮は否が応でも高まっていく。その主題を繰り返しながら、徐々に展開していくメロディ。観客は物語の始まりを待ちわびる。そして再びの主題。余韻を残して小さくなる管弦の音、それを断ち切るティンパニ。  一瞬の無音に合わせてベルベットの緞帳が厳かに上がりはじめる。  次いで、コンダクターの指揮のもと、オーケストラが軽やかなワルツを奏で始める。緞帳の裾から、中世ヨーロッパの宮殿をイメージしたセットと板付きの役者が徐々に観客の視界に現れていく。舞台の奥に扇状に居並ぶ彼らの姿が腰辺りまで見えるようになったところで、アンサンブルが始まる。ワルツの音色に合わせて、男女混声の美しい和音が、軽やかに物語の始まりを告げる。  幕が上がりきる。客の期待と高揚が熱を帯びて、一心に舞台に注がれる。アンサンブルの歌うメロディーラインがいよいよ盛り上がる。そしてふっと途切れる。一転して、フルートの音色だけが静かに繊細に美しいメロディーを奏で始める。扇状に居並ぶアンサンブルキャストが音もなく動き、舞台の中央が空く。  ――主役の登場だ。  豪奢なドレスに身を包み、フルートのメロディーに乗せて軽やかに歌い始める。待ち望んだ観客たちの上に、美しいソプラノが降り注ぐ。天上の歌声だ。細く華奢な体からは想像もつかない圧倒的な歌声に、観客たちは恍惚として聞き惚れる。  子供の頃から憧れた光あふれる舞台の上、多くのアンサンブルキャストを従えて歌い上げる主役。  ――それはもちろん、私ではない。
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