1

1/1
前へ
/8ページ
次へ

1

「うわああああああ、虫ッ!!」
 ボクは絶叫しながら、壊れたラジコンみたいな素早さで後方に後退りする。 そして勢いづけすぎて背後の壁に激突した。 朝ご飯の片付けをしていたお母さんが、ボクの悲鳴を聞いて台所から出てくる。
 「なになにどうしたのよ」 
「むっ、虫!出たんだよ、ほらっ、ここ!!」
 ボクの震える指が差す方を見て、お母さんは一瞬前の心配する表情を消して大袈裟なぐらい大きなため息をついた。 
「クモでしょ?あんた、クモぐらいで大声出して」
 お母さんはそう言うと薄っぺらい紙で器用にクモをすくって外に出してくれた。バタンと窓の扉を閉める。
 「よ、よかった……」
 ようやく息が落ち着いてホッと息をつくボクを、お母さんが「ねえ、」と手を腰に当てて見下ろしてきた。 
「葵。あんた、もっと男らしくなりなさい。こんな小さな虫で怖がってどうすんの。そんなんじゃ生きていけないよ?」
 キツイ目を向けれて、ボクはゆるゆるお母さんから目をそらす。
 「…………ハイ」
 お母さんはもう一度ため息をつくと、台所に戻っていった。 ボクも肩を落として、朝なのに一日が終わったテンションで部屋に向かう。 
ボクは望月葵(もちづきあおい)。東京に住んでる小学校六年男子。 
2階の自分の部屋に入ったボクは、机の上に置いてあった学校からの手紙に目を落とした。
 【相談室のお知らせ】
 ……思春期の子供は悩みが多いって言うよね。 ボクの悩みは——男らしくない、こと。 ボクの嫌いなものは、虫、おばけ、野菜、喧嘩……とか。 同学年の男子は昆虫採集とか大好きみたいだけど、ボクは昆虫もムリ。 お化け屋敷も入って即泣き出すし、野菜も苦いものは全く食べられない。 喧嘩も男子がギャーギャー騒ぎ立ててるのをいつも避けてきた。 小1の妹である(ゆい)ですら昆虫も触れるし、ピーマンも食べられるしお化け屋敷も余裕で入れる。 親にはいつも、「性別が逆みたいだなぁ」って言われてるぐらいだ。
「はぁぁ……。女の子に生まれたかった」 
最近の毎日気付いたら呟いている口グセはコレ。 だってクラスの女子はみんなおしゃれだし、暴力もないしキラキラしてて良い感じじゃない? なにより、虫とかお化けが怖くても変に思われない。 そういう女子はたくさんいるから。 でもボクの場合……男子の場合は、そうはいかない。 男の子は勇ましいだとか強いだとかそういう固定概念がボクを縛り付ける。 だって、結を見てみなよ! 女子なのに堂々と男子達の喧嘩に入っていくし、 女子なのに朝から公園で走り回って泥だらけで帰ってくるし、 女子なのに勇足でお化け屋敷に入って何度ボクを泣かせたか。 ……なんだか思い出したら悲しくなってきた。 つまり、なんで男子のボクだとこれが ”変” なんだろうってことだ。 おかしいと思う。 ホントに女子に生まれてきたかった。今からなれないかなぁ。 ……なーんて、無理だよね。 こんなどうしようもないこと考えてもしょうがない。 こうやってウジウジ考えているから周りから「情けない」って言われるんだ。 ボクは手紙を丸めてゴミ箱に捨てる。 そしてどうにもならない考えを断ち切るように勢いづけてランドセルを背負って、玄関を出た。 
「よう、アオ」
 「おはよ〜アオくん」 
学校に着いたボク。みんなに挨拶しながら自席に向かう。 別に頼りないから学校で仲間外れにされてるって訳でもなく、みんなが声をかけてくれる。 葵って名前だから、ボクは学校でみんなに『アオ』って呼ばれてるんだ。 
「ね、アオ」
 後ろの席の佐藤くん(サトくん)が、身を乗り出してボクの肩をたたいた。
「おはよう。どうしたの?」 
「今日さ、あれの日だよね?」 
サトくんの、いつもの彼にそぐわない静かな低い声。 あれ、って?と聞こうとしたけどサトくんの目線で気づいた。 もうすぐ朝の会が始まるのに、空席のままの机と椅子。 ——玉城さんの席だ。
 クラスメイトだった玉城胡凪さんは、1か月ぐらい前に死んじゃったんだ。 理由は車に轢かれちゃった不運な事故だったらしい。
今日は49日。 そういえば学校でみんなで黙祷する日だって先生が昨日言ってたのを、今思い出した。 いつもはギリギリに教室に入ってくる子も、今日は既にみんないることにも気が付く。 
ボク、自分の知り合いが死んじゃうなんて初めてだった。 びっくりしたし、まさか、って思った。 ……でも驚いただけで泣けなかったし、そこまで悲しくなれなかった。 だって玉城さん、最近ほとんど学校こなかったし。 1学期は普通に登校してたのに、ある日を境に急に来なくなってしまったんだ。 理由は誰も分からない。 静かな子だったからほとんど話したこともなかったし、ボクとは全く関わりもなかった。
 ふと周りを見ると、いつも賑やかなクラスのみんなが静まり返ってる。 今の今まで忘れてた自分が恥ずかしい。
 「先生きたよ」 サトくんの声にボクは前に向き直り、意味もなく姿勢を正す。 先生の足音に、みんなパラパラと自席に戻っていく。 
そこからは、今月に入ってから何度目かの命の大切さの話を先生から聞いて。 大切な話なのは分かるけど、もう何度もこの話をしていて慣れてしまったのも事実だ。 長いお話の後、みんなで黙祷をする。 異常なぐらいの静寂だった。 その後は特に変わったこともなく普通に授業が進んでいく。 授業が終わって帰りの会も終わって、あとは帰宅するだけ。 …………でも。
 「なあ、アオ」 
ランドセルに教科書を入れていたら、男子二人組から声をかけられた。 ボクは、「あ」と勝手に一言声が出てしまう。
 「オレたち、これから虫取りに行くんだよ。アオも来いよ」 
ボクよりも身長の高いソイツは、上からボクを見下ろす。 そしてその横から、ボクをのぞきこむ男子がもう一人。 
「えー、来るの?だってアオは虫さわれないもんねー?」 
わざと大きな声で、みんなに聞こえるように喋ってる。 この二人、いつもこうやってボクのことをいじってくるんだ。 帰り支度をしているみんなも、遠巻きに伺うようにしてボクを見る。 みんな揃って表情に表れている、「またか」という顔。
 「あ〜そうだったなあ。じゃあダメだね。しかしなー。男子なのに虫が触れないなんてなぁ」
 ハハッと笑って、ボクをからかう二人。 カッと体が熱くなり首をうつむける。 ……いつものこと。耐えるんだ。体が小刻みに震える。
 「なあなあ、アオ」
 ひとりが、ボクに顔を近づける。耳の横で低い声が響いた。 「おまえホントに弱虫だな。そんなんで良いのかよ」 ビクッと肩を揺らすボクに、二人は愉快げに声をたてて笑う。周りのみんながシンと静まり返ってる。
 「ちょっと!」 
その時、ボクの前に誰かが入り込んできた。……クラスの女子だ。
 「あんたたち、また弱いものいじめ⁉︎アオちゃんが虫苦手なのはしょうがないじゃないっ。そうやっていじめるの、よくないよ!」 大きく響く声に男子二人は気押されされてる。 
……女子が、助けてくれた。 胸にツキッと針のような鋭い感情が刺さる。 
「……知らねぇ」
 「行こ行こ」 
二人は一瞬ボクを睨み、ランドセルを強引に掴んで、教室を出て行った。 
「大丈夫?アオちゃん」
 心配そうにボクを覗き込んでくれた女子。 ボクはパッと顔を上げて、ハハ……っと苦笑いをした。 
——情けない!!女子になぐさめられるなんて! 家に帰ったボクは、ランドセルを放り投げて部屋のクッションに顔をうずめた。 いじめられたことよりも、そっちの方がショックだ……! 『虫嫌いはしょうがない』って、女子にまで言われたくなかった。 どうしようもないボクのことを同情されてるみたい。 ジタバタさせて、心の叫びをぶつける。 ただクッションは布で柔らかくて当たっても、全く手応えがない。 なんで、なんで、ボクはこんなにも弱いんだろう。 虫嫌いはともかく、女子になぐさめられるなんて……!
 魂が出ていきそうなぐらい大きなため息をつく。 そして心のイライラをぶつけるように、近くにあったノートをベッドに投げつけた!! 
  イタッ
 「——え?」
 今……声が聞こえた?女子の高い声……みたいな。 さっきの苛立ちは一瞬で引いて、代わりにゾッと寒気がする。 ままままさか、ユーレイッ⁉︎ 頭の中の予想に、全身トリハダが立つ。 ななななな訳ないよっ。まさかっ。 下で勉強してる、結の声が聞こえただけ……だよね? 下の階からは物音ひとつしない。違う。 結は今日、公園に遊びに行ってる。家にはいない。 全身を悪寒が襲った。
 ……じゃ、じゃ、じゃあ。 ボクはゆっくりと後ろに下がる。 ベッドの上が、なぜか白い光を放ち始めた。 ボクは声も出ないままカタカタ震える。 助けを求めたいのに、足が凍ったように動かない。 光はだんだん薄まって、うっすら人の輪郭みたいなのが見えてくる……! なになになに怖い……怖い……! 今にも叫び出したいのに、喉がすぼんで声が出ない。 こんな怪奇現象、現実だと思いたくなくて思いっきり頬をつねる。 ちゃんと痛い。現実だ……っ。 人の輪郭は、だんだんハッキリしてきた。 子供の背丈で小柄な、ユーレイみたいだ。 なんで急に幽霊が召喚されたのかって考えて今の自分の行動を振り返す。 もしかして、さっきノート投げたから……?呪われる!? 光がだんだん薄くなってきて、幽霊の顔が見えた。 見たくないけど、見たら呪われそうだけどこのまま見ないまま呪われるのも怖いから見るしかない……っ。 黒いショートカットの髪に長い前髪。小さな丸い顔に、丸い目。 小さな体は白いワンピース姿でボクのベッドに腰掛けている。 オドオドした目は……間違いなくボクのことをまっすぐ見つめてる。 …………え?
 「た、玉城……さ、ん??」
 ボクは震える腕をさすりながら、目を大きく見開いた。 この顔。今日、49日を迎えたはずの、玉城さんに間違いない……。 って、ええええええ⁉︎玉城さんがなんでボクの部屋に⁉︎ 一瞬パニックになったけど、そうだ。 玉城さん、死んじゃったから……ユーレイになった? 待って待って、人って本当にユーレイになるの⁉︎ でもでも、今日が49日だ。人の霊は成仏するはずなのに……! ひとりで大パニックを起こしていると、玉城さんが、「あの……」とつぶやいた。
 「は、はいっ!な、なんですかっ」 
裏返った声で叫ぶと、玉城さんはボクの目を真っ直ぐに見つめた。 な、なに?その瞳の真っ直ぐさに、動きを止める。 
「あの、望月くん……ですよね?」 玉城さんの小さな声が部屋に響いた。 名前を呼ばれたことに驚いて反射的に肩が跳ねる。 
でも、あれっ?ボク、玉城さんから苗字で呼ばれてたっけ……。 
「あ……うん。望月ですっ。……玉城さん、だよね?」
 「……はい」 
や、やっぱりっ。じゃあ、やっぱり玉城さんはユーレイに……? 信じがたい現象だけど、今ここに玉城さんがいるんだからこれは紛れもない現実だ……。
 「え、えっと、玉城さんって、その、車に……ひかれて、」 
「はい。私、死にました」 
数秒前とは打って変わった声と即答に、ボクは驚いてヒェッと体を縮める。 玉城さんは目線を下に落とす。
 「え……じゃあ、ユーレイってこと?」 
「いや……私、ユーレイではないです。魂が、人の形になったのかな」 
玉城さんは、下を向いたまま淡々と話す。 魂……。 今は人間じゃないことは確かだけど、体の輪郭もハッキリしてるし、透けてもいない。 つまり……どういうことだ? 思考がまとまってくれなくて返事ができなかった。 玉城さんも首を傾げている。
 「私もよく分からない。だけど、私、これだけは分かる。私、望月くんの願いを叶えにきたんです」
 「……へ?ボクの、願い?」
 ボク、そんなこと玉城さんに頼んだ覚えはないけど……? それに願いって? 玉城さんは、いつの間にかオドオドしてたのが、ハキハキしてきた。 ボクを見つめて笑う。
 「望月くん、女の子になりたいんですよね」 
玉城さんが放った静かな言葉は衝撃波のように脳を揺らして、ボクの顔を真っ赤にさせた。
 「えっ、えっ⁉︎そんな、そんなことないよ⁉︎」 
いや、思ってる。毎日思ってる。 けど、いざ人に言われると恥ずかしいし、変なヤツって思うよね⁉︎ ましてや他の人になんて知られたくないし!!
 「照れなくていいんですよ?私、知ってますから」 
玉城さんは眉ひとつ動かないのに、ボクはますます赤くなる。 ややややばい、このままじゃ変なヤツ認定されるっ。何か言い訳しなきゃ!
「そんな訳ないよっ!ボク、男子だよ⁉︎男子が女子になりたい、って変じゃんっ!」
 その時、玉城さんの顔曇った。 「変……って、思います?」 じっっと見つめてくる玉城さんの、瞳。 ボクは口を閉じてただ彼女を見つめる。
 「やっぱり変ですかね」 
さっきまでは静かだった瞳が、今はボクを睨んでる気がする。 何が起こっているのか分からないけど、怒っていることは確かみたいだ。 でもなんで怒ってるのか、全く分からない……。 ボクはとりあえずこの場を取り繕うと口を開く。 
「じょ、冗談!男子だろうが女子だろうが、そんなのみんな好きになればいいだろうし、ボクは女子が羨ましいよっ」 早口で言い切ってしまうと、玉城さんはしばしボクを見つめていた。 
「……そうですか」 
フッと息をはいた玉城さんの瞳が、穏やかになった。 キゲン、直ったみたい?肩に力を入れていたのを下げる。 
玉城さんが立ち上がる。ボク、もう怖くないや。 クラスメイトって知ったらなんだか親近感が湧いてきた。 玉城さんはゆっくりとボクに近づいてくる。 魂だけだからか、重さを感じないのか、音がしない目の前に立った玉城さんはボクより背が小さい。 ボクを見上げてスッと目を細める。 
「私、最近ずっと望月くんのこと見てたんです。それで、願いを叶えてあげたいなぁって思って」
 「……それって」 
玉城さんは唇をも微笑ませてゆっくり目を瞬く。 
「私、あなたをにしてあげます」 
ドクンッ、と心臓が大きく弾んだ。 ——ホントに? 一瞬湧き上がった嬉しいような、興奮するような気持ちをかき消すように「現実を見て」って声が脳に響く。
そんなこと、できるワケないじゃん。 ムリだよ。だってボクは男子だもん。 心の中ではムリって思うけど、言ったら玉城さん、また機嫌悪くするかな。 と思って口には出さない。 
「あっ。もしかして、ムリって思ってますか?」
 図星をさされて肩を上げる。バレてる⁉︎ あわあわ、目を泳がせる私を見た玉城さんは、「本当ですよ」と笑った。 その目と口調は、至って本気だ。 
——本当に、なれるの?女子に。 あまりのことに、早く脈打つ心臓のリズムが体の中を駆け巡る。 
ずっとずっと、なれたらいいなぁとしか思えなかった願い。 本当に、叶えてくれるの? いきなりの奇跡にどうしていいかわからない。 
「でも、どうやって?」 玉城さんは、待ってましたとばかりに勝ち気な笑みをつくる。 そして右手をクルッと一回転させた手のひらの上に、どこからかビー玉みたいなのが出てきた。 なんだろ、コレ。透明な球体の中に、小さなピンクの気泡がたくさん浮かんでる。 どの角度から見ても淡く優しく光っている球体。 小指の爪ほどの大きさしかないのに、優しい色合いがボクをうっとりさせる。
「コレは、女子の気を入れた『飴』みたいなものです。コレを飲むことで、望月くんは女子になることができます。見た目は変わらないですけど中身は三日間、女子になることができますよ」
 「す、すごいっ」
 そんなことができるの⁉︎ 驚きで、玉城さんの手のひらに乗ってる飴を凝視する。 三日間だけでも、慣れたらスゴイ!! と、ボクは「あれ?」と首をひねった。
 「見た目は……変わらないの?男子のまま?」 
玉城さんは真顔で「そうですよ」と言う。
 「えっ、それって変じゃない?」 
もう一度、首をかしげると玉城さんは小首をかしげて「そんなことないですよ。そういう人、多いですし」と淡白に言ってのけた。 ……そういう人多い——ってどういうことだろう? ぽかんとしてると、玉城さんは真っ直ぐな瞳をボクに向ける。
 「どうしますか?なってみますか?女子に」 
ボクはヒュッと息を吸う。 そしてゆっくり吐きながら、自分の胸と相談するように目を瞑る。 ——本当になれるなんて思ってなかった。 嬉しいのか不安なのか分からないけど、胸がブルブルしてる。 突然のことで頭もまだ混乱してる。 でも三日なら……なってみたい。 性別を変えて。少しでも味わってみたい。女子の気持ちを。 虫嫌い、お化けが苦手、野菜も嫌い、そんなボクでも大丈夫だ……って、そう思えるようになりたい。 そうしたらこれからの生き方だって、変わってくるかもしれない。 ボクは深く息を吸った。ボク、玉城さんを信じる! そして勢いよく息を吐いた。
 「……なる!」 目を開き、グッと拳を握りこんで叫ぶ。 今のボクの、最大限の勇気! 「分かりました」 玉城さんは瞳だけを笑ませて深くうなずいた。 「それでは、今から三日間。三日後の5時10分まで、望月くんは女子になれます。三日後の5時5分には、この部屋にいてくださいね」 
「うん。分かった」
 ボクはしっかりとうなずく。玉城さんは手に持ってた飴を、ボクに差し出した。 
「コレを飲んだら催眠状態で、意識を失います。人によって時間は異なりますが、10分〜1時間ほどですので、気をつけてください」 
「……うん」
 色々指示を受けて、飴を受け取る。 ……こんなに小さいのにずっしり重い。現実離れしてるけど、これは現実なんだ。 飴の重みが心に響く。もう後戻りはできない。 「私のことは、名前を呼んでくれたらすぐ出てきますから。他の人には見えませんが。常に、そばにいますよ」
 優しい笑い方をする彼女。 ……玉城さんって、こんなに優しい子だったんだ。
 「……ありがとう。あっ……あのね、玉城さん。ボクのこと、アオって呼んでくれてもいいよ。クラスのみんなは、ボクのことそう呼んでるから」
 「いえ、結構です」 
即答された。
 「そ、そうか。分かった。色々、教えてくれてありがとうね」 
へへっと笑って、玉城さんを見る。
 「はい」
 笑みを返してくれる、玉城さん。 ボクにコミニュケーション能力がないばっかりに、淡白なあっさりとしたやり取りになってしまった。 
そしてボクは改めて顔を引きしめる。 「……じゃあ、飴、飲むね」
 親指と人差し指で小さな飴をつかむ。 ゆらりと光る、美しい気泡。 
……この飴で、三日だけでいいから、ボクも女子になれますように! 飴を口の中に放り込む! とたん、口に広がる酸っぱいような苦いような不思議な味。 ドクドクと心臓が鳴ってる。 そして、ごっくんと飴を飲み込んだっ!
 ……あれ。頭がぼーっとしてきた。体に力が入らない。 目の前の玉城さんが二重にも三重にもブレて見える。そして体も後ろに下がっていく……。 「……頑張って」 
玉城さんの静かな小さい声が耳に響く。 その直後、ボクの視界は完全に真っ黒になった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加