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ピピッピピッピピッピピッ
規則正しい、高い音がボクの耳に響く。
……目覚しの音?つまり、今は朝?
あったかい陽の光が、ボクを照らす。
いつもより寝た感じがしないな……。
昨日、何か疲れるようなことしたっけ?
眠くてボーッとしてる頭を動かして、昨日のことを思い返す。
いつも通り起きて、普通に学校があって、家に帰ってきて。
そしたら…………。
そこまで考えて、ピタリと頭の思考が止まる。
……なんだかどこかに変な違和感を感じる。
決定的な何かがあるか分からないけど、なんだかソワソワするようなモヤモヤするような違和感と不思議な感覚に駆られた。
体を横にしたまま、ボクは手を高くあげる。
「……なに、この服の色」
視界に入ったものに、目向けが吹き飛んで一気に脳が覚醒した。
ボクのパジャマがいつも着ている青色の服じゃない。
今着てるのが、ピンク色の花柄の服!!
体がかたまる。えっ、な、なんで!?
「あっ、そうだっ、玉城さん……」
そうだそうだっ。昨日、玉城さんが家に来たんだった。
それで、ボクを女子にしてくれるって……!
ボクはバタバタッと起き上がって、全身が見える鏡の前に立った。
肩を上下させながら、鏡の中の自分を凝視する。
身長は……いつもと変わらない。
髪も……長さは変わってない。
顔も……いつものボクだよね。
急に起き上がったせいで、なかなか思考が追いつかない。
……どの辺が、女子に??
鏡の前で首をかたむける。そして昨日、玉城さんが言ってたことを思い出す。
そういえば見た目は変わらない……って言っていたような。
でも現に、服の色は確かに変わっている。服だけは変えた、ってこと?
しかも、それだけでボクが女子になったって言える?
ボクはベッドの上に座って、腕を組んで考える。
玉城さんは、ボクの願いを叶えてくれるって言ってた。
だったらボクの『女子になりたい』……って願いを叶えてくれたはずなのに。
ボクの、どの辺が女子になったんだろう。
腕を組んだまま首をかたむけて考えるも、答えは見つかるはずもない。
あっ、そうだっ。玉城さん、呼んだら出てきてくれるんだった。
早速名前を呼ぼうと口を開く。
「葵、朝ごはーん!降りてきなさーい!」
ちょうどそのタイミングで、下の階からお母さんの声がかかった。
……葵って名前も、同じだ。開きかけた口を閉める。
モヤモヤとした嫌な不思議が胸にまとわりつく。
——もしかしてボク、玉城さんに騙されたのかな。
結局ボクは玉城さんを呼ぶことなく、仕方なく洋服の入ったクローゼットを開けた。
……信用してたのになぁ。
ちょっと、いやかなり切ない気持ちになる。
けど、その一瞬後には気持ちが切り替わった。
まぁもともと女子になんてなれるわけなかった訳だし?
それにあまり期待しすぎたボクもバカだった。
このことは忘れよう……。
半分は言い聞かせるように、そう反復する。
しかしボクは登校中、ランドセルの紐をギュッと掴み、考える。
元々黒だったランドセルが、さっき見たら赤に変わっていたんだ。
それに筆箱とか持ち物とか、可愛い女子のものになっている。
洋服もタンスの中はカラフルな色ばっかり。
ズボンが入ってる奥にスカートもあった。
いきなり知らない服ばっかりでボクも驚いたけど、お母さんは何も気にせず、いつも通り接してくれるんだ。
どういうことなのか、さっぱり仕組みがわからない。
でも突然ボクがスカート履き出したらみんな驚くだろうから、今日はズボン履いて行くことにした——、
そこでふと、歩みを止める。
待って。スカートもそうだけど、ランドセルが赤になってるのも、みんなびっくりするよね?
突然頭の中が鮮明になって動き出す。
ボクのクラスの男子で、赤いランドセルの子なんて一人もいない。
みんな驚くに決まってる!ボクは顔を真っ青にして考え込むけど。
……時間的にもう家には引き返せないから、ランドセルが壊れて、妹の結のを待ってきた、とでも言うしかない……か。
学校の階段を一段ずつ上がっていく。ランドセルが朝から重いよ。
体もなんか重く感じる。疲れた思わず大きなタメ息をついてしまった。
いや、朝からこんなテンションはダメだっ。気持ちを切り替えろ!
そして勢いよく二段飛ばしで階段を上がりきる。
六年二組の扉に手をかけ、いざ、ガラッと開く!
「あ、おはよ〜、葵」
ボクは口を半開きにして、目を丸くして固まる。
一番に声をかけてくれたのが、目の前の女子だったからだ。
「お…………おはよう?」
——『葵』って言われた?
いつもの、アオじゃない。ボクの名前呼び……だ。
自分の席について、さらに驚く。
黒板に書いてあるボクの席の名前が、女子列にある。
ボクの学校の席は右側が男子列、左側が女子列になっている。
それなのにボクの名前が左の列にある。なんで急に……って思ったけど。
——ボクが、女子だから?
一気に鳥肌が立つ。顔まで、熱くなってきた。
や、やばっ。
これ、ボクは女子になった感全然ないけど、周りの人はボクのことを女子って認識してくれてれる!?
「ねえ、葵!」
突然、名前呼ばれた。
声の主を探すと、教室の真ん中の方でかたまってる女子チームが目に入った。
その真ん中でボクに手を振ってる子。
女子のリーダー的存在の、時野奈々子さんだ。
「葵もこっちきなよ!これ見た?新作コスメ!」
時野さんは笑顔で、机に広げてた雑誌を指差している。
ボクは笑顔を貼り付けたまま、かたまる。
ボ、ボクのことを呼んでるんだよね?葵って、ボクのことだよね?
ボクは早足で近づいて、雑誌じゃなくてみんなのことを見る。
……誰も、ボクのことを変な目で見る女子なんていない……みたい。
それに、みんなボクが男子だってことを忘れてるみたい……?
わいわい盛り上がるみんなの声が、耳から胸にストレートに響く。
す、すごいっ、玉城さん!本当にボクのこと、女子にしてくれたんだっ。
さっきまでは疑ってたけど、今のこの状況、どう考えても女子の一員だよ、ボク!
「葵?どした?」
時野さんが、かわいい綺麗な顔をボクに近づけた。
至近距離の女子の顔にうろたえながらも、平常心を保つ。
ボクも女子になりきらないとっ。
コスメなんて全く知らないけど、話を合わせなきゃっ。
「あ、うんっ。知ってるよ、時野さんっ」
そしたら時野さんがパチパチと瞬きをした。ボクも動きを止める。
「なにどうしたの急に!いつもアタシのこと奈々子って呼んでるじゃん!」
時野さんがアハハと笑う。
周りの子も「葵、疲れてるのー?」とか茶化しながらも楽しそうに笑ってる。
え、えっと。そうかっ。
女子のボクは、時野さんのことは、奈々子って呼んでるのか。
「そ、そうだよねぇ。な、奈々子」
女子を名前呼びするなんて初めて少し恥ずかしい。
胸が変な感じにいたたまれなくなるけど、気持ちが高揚して仕方がない。
うわあ、すごいすごい……!憧れの女子だ……!
いつも遠巻きに眺めてた女子たちが、今、目の前にいるっ。
キラキラするような髪飾りとか、ヒラヒラの可愛いお洋服とかを身にまとった女子が、ボクの目の前にいるっ!
もうそれだけでボクの心は満たされてしまって、授業中もずっと興奮が冷めやまず、ひとりでワクワクドキドキしてた。
「葵、これ班長に渡しといて」
5時間目、隣から渡されたプリント。
渡したのは、なんといつもボクをいじめてきてた体のデカい男子!
思わず、体が固まる。ボクがみんなから女子って信じられてるのは分かってるけど、いざ男子と話すとなると緊張する。
だってボクのこと男子だと思って話しかけてきたなら、いつもと違うボクを見たらまたからかうに決まってる。
それにボクが女子と仲良く話してるところ見られたら、変な噂も立っちゃう気がする……!
「葵ー?聞いてるか?体調悪い?」
細い目でボクの顔を覗き込まれて、思わずウッと身を引く。
………でも。その瞳がいつもより優しいことに気がついた。
それに、こんなにまっすぐ目を見られたのって初めてで。
いじめてきてた時と同じ鋭い目。
いつもと変わらないはずなのに、いつもとは何かが違う。
……なんか焦りが引いてきた。
「だ、大丈夫だよ。……ありがとう」
自然と言葉が口から出てた。
「あんま無理するなよな」
「う、うん」
ひとりでに頷き、顔を前に向けるソイツ。
ボクは目を開いて、ゆるゆる視線を黒板に戻す。
信じられない……。
アイツと、まともに会話したの初めてだよ。なにこの不思議な感じ……。
なんでいきなり優しくなったのかは分からないけど、ボクの心の中には、確かにあったかい光が灯った。
いつもより優しいみんなに触れたことで、何かが新しい感情が芽生えたみたいだ。
6時間目も終わり、家に帰宅。
自分の部屋に戻ったボクは速攻で玉城さんを呼んだ。
「おかえりなさい」
出てきてくれた玉城さんは、昨日と変わらない格好だ。
白いワンピース姿で、何事もなかったかのような静かな笑みでボクを見てる。
だけどボクは手をグーにして、目を輝かせながら玉城さんを見る。
「す、すごいよ、玉城さんっ!ボクのこと、本当に女子にしてくれたんだねっ」
興奮しながら言うと、玉城さんは嬉しそうに頬を紅潮させて部屋の椅子に座る。
「ふふふ。そんなことないですよ。私はただ望月くんの願いを叶えてあげただけですから」
玉城さんは謙遜しながらも、少し誇らしげだ。
うんうんっ。だって玉城さんすごいもんっ。
「見た目は変わらないって言ったけど、そこまで違和感ないでしょう?」
「そうそう!見た目が変わらないのに、みんなボクのこと女子って思ってくれてるんだ」
今日一日ずっと女子と一緒にいたけど、みんなボクの男子の容姿について何も言わないし当たり前みたいに接してくれてるんだ。
「ですよね。人間、他の人の中身なんて分かるはずないんですから。大事なのは中身。見た目なんて関係ありませんよ」
玉城さんの静かな目がボクにうつり、にっこり。
……うんっ。ボクもそう思うっ。
「じゃあ私はこれで。また何かあったら呼んでくださいね」
玉城さんがサッと立ち上がった。
長いロングスカートがストンと、脚に沿って落ちる。
「うんっ。ありがとう」
ボクが玉城さんを見てニコリと笑うと、彼女もボクをまっすぐ見てニコリと見本のように笑って姿を消した。
静かになった部屋。ボクは息を吐いて、全身をうつす鏡を見る。
見た目は変わらないのに、今のボクはたしかに女子だ。
一日過ごしたけど特に支障もないし、怪しまれることもない。
それにやっぱり女子はみんなキラキラ可愛いし、男子みたいによく分からないくだらない喧嘩が起こることもない。
やっぱりめちゃくちゃ楽しいじゃん、女子って……!
部屋でひとり、ニヤニヤと、嬉しくなっちゃう。
そうだ!せっかくだから、明日はもっとみんなに話しかけてみようっ。
女子でいられる期間はあと二日しかないんだから、みんなと仲良くなろう!
ボクはウキウキと、早速明日の学校の準備をする。
準備をしながら、こんなに学校に行くのが楽しみなんて初めてだなぁ、としみじみ実感していた。
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