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「——な、奈々子っ」 
女子になって、二日目の朝。 
ボクは登校中、前を歩いてる奈々子を見つけた。 思わず走り寄って声をかけると、奈々子はシュシュの付いた長いポニーテールの先を揺らして、パッと振り返ってくれる。 
「葵!おはよう〜」
 「おはようっ、奈々子」 
ドキドキ話しかけたけど、奈々子は今日も、昨日と変わらない。 ちゃんとボクのことは女子として認識してくれてる。 そのことにホッとして、声をかける前から上がっていたらしい肩の力を抜く。 「葵、髪ずっと短いよね」 
「え?」 奈々子が、突然ボクの短い髪に触れた。 いきなりのことにドキッとする。
 ボクの髪が短いのは、ボクが本来男子であるからで……。 どう言おうか迷っていたら、奈々子は綺麗な目元を細めて笑う。
 「長い髪も似合うかもね」
 そしてパッと手を離して、一緒にまた歩き始める。 奈々子からしたらなんてことない会話だったのかもしれないけど、ボクは奈々子の言葉を思い返す。 
……長い髪かぁ。 このままずっと女子でいられるなら髪も伸ばしてみたいけど、ボクが女子でいられる期間は今日を含めてあと二日だからな。 もし生まれ変わって女子になれたら、きっと髪も伸ばすんだろうけど。 「奈々子は、髪切らないの?」 気になってボクからも奈々子に質問してみた。 「アタシはね、もう少ししたら切るつもり」 奈々子は自分のポニーテールの毛先を眺める。 たしかに、長い髪の毛は手入れが大変そうだよな。 女子の髪の毛って、いつもサラサラなのは毎日手入れを色々頑張ってるからみたいだし。 「アタシね、警察官になりたいんだ」
 横断歩道で信号が赤になって足を止めたタイミングだった。 奈々子が前を向いたまま、つぶやいた。
 「人を助けるために颯爽と駆けつけるお巡りさんって、かっこいいよね。アタシの憧れなんだ」 奈々子の瞳が、キラキラと強く輝いている。
 「……警察官」
 ボクが思わずボソッと言葉をもらした。 まず頭に思い浮かんだのは、交番で勤務している男の警察官のこと。 そういえば、女の警察の人ってあまり見たことないかもな。 「なんか意外だね」 ぽろっと、ボクは言葉をもらしていた。 奈々子は不安になったのか首をまわしてボクを見る。 
でもボクはとりつくろうことなく、正直な気持ちを心の中から探し出して奈々子に伝える。 
「女子の奈々子が警察官って、カッコいいよ!」 
そしたらどこか不安げだった奈々子は顔を明るくさせて、勝ち気な笑みをつくる。       「アタシね、頑張って訓練して、カッコいい警察官になるの!」 目をキラキラと輝かせて、奈々子はまた歩き出す。 ボクはそんな彼女の後ろをついていく。
 ……女子だから、男子だから、みたいな概念にとらわれないで考えられる奈々子の考え方、すごい尊敬する。 周りに流されないで、自分でやりたいこと、なりたい自分を決められる、そんな人。 ボクもそうなれたらいいな。 しんみり感動さえしていたらもう学校に着いちゃった。
 クラスでの奈々子とは席が遠いから、一旦別れて自分の席につく。 「あ……」 ボクは自分の席から前を見て、声をあげた。 そこには、男子と一緒に群れてる、サトくんの姿。 
そういえば昨日は一回もサトくんと話してない。 いつもだったら、話さない日なんてないのに。
 サトくんは、他の男子とじゃれて笑い合いながらすごく楽しそう。 
こうやって客観的にみると、男子っていつもケンカしてるイメージだったけど、ただ群れて遊んでるだけの時もあるんだな。
 「ですよね?別に男子って悪くないと思うんだけどなぁ」 
ボクの真横に、いきなり声が響いた。
 「えっ⁉︎」 バッと真横を見ると、ロングの白いワンピース。丸い目がボクを見た。 
「た、玉城さん⁉︎」
 「しーっ!大声出さないでください!わたしは、望月くんにしか見えてないんですからっ」 
ぐいっとボクに顔を近づけて、眉を寄せる玉城さん。 か、顔が近いって。
 「ご、ごめんっ」 っていうか、玉城さん、ボクが呼ばないと出てこないんじゃなかった⁉︎ 自分からも出てこれるんだ⁉︎ 「女子になって二日目ですね。時間は限られてますので、思い残しのないようお願いしますね」 玉城さんはそれだけ言って、またスッと消えてしまった。 それに「思い残しのないように」って、なんかこの世に未練のないように、って意味みたいでなんか怖いんだけど……。 
「葵ー!ひとりでいないでこっちおいでー!」 
奈々子が、女子に囲まれてる真ん中からブンブンとボクに手を振ってる。 その明るい可愛い笑顔。 ボクはガタッと立ち上がって奈々子のところへ走っていく。 その時、後ろに気配を感じた。 そしたら、また勝手に出てきていた玉城さん。 その玉木さんが、なぜか奈々子のほうを見て鋭く目を光らせていた。 そして放課後。
 「わあっ。これかわいいね!」
 「こんなカチューシャつけてみたいなぁ」
 「似合うと思うよ!試着してみれば?」 
奈々子と、奈々子と仲良しの女子二人と一緒に帰ってた途中。 下校中の道に、アクセサリー屋さんができたから、みんなで寄ることになったんだ。 
「「かわいいー!」」 
試着をすすめられた友達が恥ずかしがりながらもカチューシャをつけると、奈々子と友達が絶賛! 「か、かわいい」 
元からくるくるした髪の女の子だから、レースのカチューシャがすごくよく似合ってて、思わずボクもかわいいって言っちゃったっ。         「あ、ありがとうっ。みんなも自分に似合うと思うやつ、付けてみてよ」 
カチューシャを外しながら、その子は照れ照れと言う。 ……自分に似合うと思うやつ? ボク、カチューシャなんて付けたことないから分からないよ……。 「じゃーん!どう?似合う?」 
奈々子は、黒のツルツルした生地のカチューシャを手に取って頭に付ける。 うわ、すごい似合う!
 「お嬢様みたい!」
 「奈々子っていつもセンスいいよねぇ」 
二人に褒められて嬉しそうな奈々子。 そして、またカチューシャを指でなぞって選び、ひとつ手に取った。 
「葵はこんなの似合うんじゃない?」 そして不意にパサっとボクの頭に何かを付けた。 
「えっ?」 
「めっちゃ似合うじゃん!」    奈々子がパチパチパチパチと、目の前で満面の笑みで拍手する。 えっ。今、カチューシャ付けたの⁉︎ カッと頬が熱くなる。 「確かに似合うね!」 
「葵って髪の毛ショートだからさ。なんかカッコ可愛い!」 他の子も口々に言ってくれる。
 「えっ?ちょっと鏡見せてっ」
 ボクは商品の並ぶ棚の上の方についてる鏡に、顔をのぞかせる。 そしたら淡い紫色の、プクッと丸いカチューシャを付けてる自分が目に入った。
 「わあっ……」
 鏡の前で目を丸くする。カチューシャを付けてる自分が、他の人に見える。 カチューシャなんて初めてつけたけど、意外にもボクが付けても可愛い、かもっ? 「じゃあさ、みんなでカチューシャ買おうよ!」           奈々子の提案に、ボクは「えっ」とにやけてた口をかたまらせ、動きをとめる。
 「いいね!カチューシャ欲しいって思ってたの!」 
友達は、カチューシャを楽しそうに選び出す。 ボクは突っ立ったままでいたら、「葵も選びなよ」と一人に腕をつつかれる。
「え、いや……」                女子でいられるのって明日までだし、男子に戻ってからカチューシャなんて付けていく場所がない。 そんなものにお金を使うのはなんだかもったいない気が……。
 「葵はこのカチューシャ似合ってるから、これ買いなね!」
 だけど奈々子にサッとカチューシャを取られた。 立ち尽くしてるボクの横を通り抜けて、奈々子は紫色のカチューシャを手にレジに向かってる!
 「ええっ⁉︎ちょっと待って!」
 「似合ってるから大丈夫!」
 「いや、そういうことじゃなくて!」 
ぎゃーぎゃー騒ぐボクたちを、二人の友達は遠目でただただ笑いながら眺めていた。 ……そして結局、紫色のカチューシャを買わされてしまった。 
「かっわいいー!じゃあ、次はこれ付けてお出かけしよっか!」
 「いいねいいねー。どこ行く?」 
「わたし、おしゃれなカフェ行きたい!」 
げっそり疲れてるボクを置いといて、三人は勝手に話を進めてる。 女子って物を買う時、あんなに衝動的に買うものなのか……? ボクだったら優柔不断だから買うか買わないかもっと慎重に考えるけど、大体買わないよなぁ……。
 ボクは挑戦とか、新鮮を求めないタイプだから、いつも無難。 だからなんか今日の出来事はなんだかすごく新鮮だった。 
まぁ……でも女子になった時の記念として部屋に飾っておこうかな。 それか結にあげよう。女子って大体カチューシャ喜んでするだろうし。
 「じゃあ、ボクこっちだから。じゃあね」 三人に手を振って角を曲がる。 そのまま何も考えずしばらく歩いていて、ふと。 足が止まった。 今、奈々子たちの前で『ボク』って言っちゃった——? 途端、冷や汗が吹き出してくる。 今まで言う機会がなかったけど、今のボクは女子なんだから、一人称を言う時は『わたし』って言おうと思ってたのに。 もしも『ボク』なんて言っちゃったら、絶対にボクのことを不審がる。 うわ、やっちゃった……! 後悔と不安が、一気に胸に押し寄せてきてどうしようもない感情に駆られる。
ああ、どうしよう……!時間よ巻き戻れ……!
 でも今の状況ではどう弁解することもできない。 とりあえず今日はこのまま家に帰らなきゃ。 もう、そうするしかない。 ボクは、モヤモヤした気持ちを引きずったまま家に帰りつく。 その後はご飯を食べてる時も、お風呂に入ってる時も、明日奈々子たちにどう言い訳するかということで頭がいっぱいだった。
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