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第七話 財全四郎、再び
財全四郎は3人の医師を連れ、病院の廊下を足早に移動していた。
「いつだ! 状況は!?」
「気付いたのは10分前です!状態はその前からかもしれないそうです。 心拍と瞳孔反射以外微弱!」
付いていた医師の一人が周りに聞こえるのも構わず、スマホからの音声を声に出して伝える。
(瞳孔反射だと! 馬鹿なことがあるか!! アレは頭の左半分が無いんだぞ!)
財全は、声に出そうになるのを堪えて腕時計を見る。
(何のためにリスクを冒してまで時間稼ぎをしたと思っている! もっと根回ししてからの手術の予定が…)
患者を『サンプル』と言う男。財全四郎は、教授会での地位、脳外科学会での地位、病院での地位、回復しなければならないものが多い男だった。
一番に回復しなければならないのは患者だというのに。
(…しかし、アレの頭に触れたバカは誰だ! 余計なことを!)
財全たち4人は、準備室の扉を勢いよく開け放ち、ズカズカと入っていく。
「すぐに始めるぞ! 今集められる人材、用意できる機材で最高の状況を用意しろ!!」
財全は、手術室内の患者周りにいる医師や助手、準備室のPA<フィジシャン アシスタント>に檄を飛ばす。
キビキビと動く人の中で、準備をし手術着を着せてもらう財全。
人員、機材共に揃いきっていないが、時間が無い。先ほどの3人を伴い財全は手術室に入る。
その場の全員が財全を見る。
財全が患者の傍らに立ち室内を見渡す。一瞬目を瞑り話始める。
「患者は38歳男性。 状態は頭部左側頭蓋開放による脳室露出。 患部確認を最優先とし、保護ジェル適応を鑑み覚醒下手術のプロセスで行う。人工心肺処置も並行して進める」
手術室内が機材の音だけになる。
「患者はどうだ?」
「数値的には麻酔状態です。局所麻酔の準備も完了しています」
「…心拍は安定してます…」
モニター前の助手は不安とも困惑ともとれる表情をしている。
「…では、患部調査確認と頭蓋形成術を始める。 保護ジェル用メスをくれ」
ほんの一瞬、無影灯の光が陰った。ような気がした。
「ざ、財全教授、心拍数が低下しました!」
機材の方から乱雑なビープ音が聞こえてくる。
「な! まだ何もしてないぞ!!」
財全が大声をだした。
「血圧下がります!50を切りました!」
「呼吸数低下! SpO2、65%…」
助手の声が飛び交う。
手術室内が騒めく。
「!……フラットラインです…」
「バイタル…なし…」
「蘇生処置対応できません!」
手術室に連続したビープ音が響く。
「なぜだ!! 何だ! 何が起きた!!!」
財全が慌てて隣の医師に問いただす。医師は驚愕の表情で首を横に振るだけだ。
「脳が半分無くても生きていたんだぞ!! なぜだ! なぜ急に…」
「財全教授…この状況…どうすれば…」
向いにいる医師が、財全を見据えて聞いてくる。
時間感覚が薄れていく。
(取り敢えず指示を出さなければ…)
財全は、ゆっくり落ち着いた口調で、思い出すように、自分に言い聞かせるように話し出す。
「…本件の調査確認のための術式を続ける。 死亡報告は私が理事長に直接伝える。レポートは私の責任で発行されるだろう」
財全は、この後の展開を考えながら無意識に無影灯のハンドルを見つめていた。 視線を下げた先の麻酔科医と目が合う。
「この後麻酔は必要ないから、保護ジェルの状態管理のフォローに回ってくれ」
「承知しました」
麻酔科医が頷く。
「今回、関わった全員に本件記録の提出が求められるだろう。…法的な対応は私が行う」
財全が遺体を見下ろす。 手術室、準備室の全員が、不安と困惑の表情で財全を見ていた。
「誰か、理事長と医局長を呼んでくれないか… 執刀を代わって…ここを任せてもいいか? 調査確認は法対応があるから、基準の修復のみにしてくれ」
隣の医師に場所を譲り、逃げるように準備室に入っていく。
「アレは何なんだ。 …家族が来るな…重症は伝えているがなんて言えば… 理事長と医局長の目の前で無いのが…」
手術着を自分で脱ぎ、手袋と一緒に処理箱に突っ込みながらブツブツ独り言を呟く。
PAの一人が財全に近づいてくる。
「財全教授、理事長と医局長が応接室に来るそうです」
(対応早いな… もう伝わっているのか)
「…わかった」
(手術室に呼び出されてから30分も経ってないぞ。 なんだこの状況は? これは、どうすればいいんだ… 俺のせいか?… なんで急に… どうやって説明する?)
今後の対応に考えを巡らしながら、応接室に向かう財全の足取りは重かった。
つづく
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