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 彼の話を聞き、絵に宿る(ひらめ)く生命を感じ取った歌子は、由松の油絵に心底惚れてしまった。思わず触って確かめたくなるような色彩表現が、生命の息吹きが聞こえてきそうな躍動感を出している。彼が捉えた光景の一瞬をキャンパスに閉じ込めているのだと、彼女は評した。  今度は歌子が由松の方へ体を向ける。 「もったいないです。あなたのような才能が片隅に埋もれているなど」 「仕方ありません。芸術にも旬があるのだと、父は申しておりました」  由松はため息混じりに言った。  冬のなごりを含んだ風、涅槃西風(ねはんにし)が二人の間を通り抜けた。船頭が(かい)を水面に打ちつける。その飛沫(しぶき)によって、目前の光景が一層冴え返った。
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