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 由松と出会ってから、事あるごとに歌子はあの川辺に行き、お互いのことを話すようになった。  聞けば、由松の父親は幕藩体制の庇護を受るほど優秀な工芸職人であった。しかし、江戸幕府が終焉を迎え後ろ盾を失なった多くの工芸職人たちは廃業まで追い込まれてしまう。さらに開国後、欧州で巻き起こったジャポニズムの恩恵を受けるも長くは続かず、彼の父は職人としての人生に幕を閉じた。  父の背中を見て育った由松は、幼いころから芸術の才能に秀でるものの、未だ運に恵まれなていない。 「絵を描くことを諦めようと思ったことはありますか?」歌子が訊く。 「いいえ、油絵は私の人生そのものです。私にはこれしかないとすら思っています。絵が上手な人がたくさんいらっしゃることも承知しておりますが、だからこそ、私は私にしか表現できない絵を描こうと決めたのです。唯一無二の作品を作ることが、私の夢なのです」 「素晴らしい夢ですね。私には夢などありません。あったとしても、徒労に終わる…。結果は分かっています」 「そうでしたか…。すみません、自分のことばかり語ってしまい」 「全く気にしていません。むしろ、由松さんの話を聞くのが好きなのです」 「ありがとうございます。歌子さんはおだてるのがお上手ですね」 「おだてるだなんて。私は素直な気持ちを伝えているだけです」  二人は顔を見合わせ微笑んだ。  自身の身分を明かしていないせいか、由松は歌子に媚びを売らず、おかげで良好な関係を保てている。彼のことだから、もしかしたら自分が華族や裕福な身分の人間であると見抜いているのではないかと、歌子は思っている。
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