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歌子は由松のことが羨ましかったし、それでけでなく、彼に対して憧れや思慕の感情も生まれ始めている。だが、秘める想いを告げることはできない。
彼女の母親は恋愛感情などなかった父親と結ばれ、祖母に毎日いじめられては泣かされていた。
「次こそは男児を産め」
歌子は祖母の言葉を耳にしてから、祖母のことを嫌っている。
愛は二人で育ていくものだと、歌子の母親は言った。父と過ごしていく内に、様々な感情が芽生えてくる。みすぼらしい芽でも、摘んではいけない。自分一人のものではないから。
あの優しい母は、なるべくして祖母のような人になり、私も母と同じ人生を歩く。
母は強い。自分は彼女のような意志や覚悟がない。歌子は将来を憂いている。来年で17歳になる。姉は16歳の時嫁いでいった。具体的な話は聞かされていないが、いつ縁談話を持ち出されてもおかしくない。
残りの時間を、芸術の勉強に費やすことに決めた。半ば強制的に通っていた美術学校の勉強を熱心に取り組み、両親からは感心された。どんな形であれ、由松の力になりたい一心だった。
明治時代は日本洋画の黎明期に当たるだろう。西洋画の技術を取り入れるも国粋主義などの影響により、対立することがあった。浦島図や三保の松原伝説など、日本由来で観念的な題材を油絵で優雅に、壮大に描いた作品が残されているが、日本色を出しつつどのように西洋画と区別するのか。文明開化という激動の時代、日本洋画の立ち位置を定めるには困難を伴った。
そのような出来事へ兆しを差すかのように、由松は歌子に吉報を知らせた。出会いから半年が経過した頃だった。
「ある画商が私の絵を買ってくださることになりました」
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