運命の一冊

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 バーの出口で友人と別れると、僕はいつものボロアパートに向かう。本当はもう少しましな稼ぎの仕事に就きたいのだけど、折からの不景気でそれも叶わぬ夢だ。友人も似たり寄ったりな収入なのに、よくもまぁ人間の子を二人も育てているなと思う。ただ、大変だと言うわりに『最果て』さんを手放そうとしないあたり、何だかんだ言って今の暮らしを楽しんでいるのだろう。  本がなければ、僕たち人間は子をなすことができない。  逆に言えば、本さえなければ子供を増やさずに済むのだ。生まれた子が本ならいい。書店に託しておけば、あとは勝手に新たなパートナーを探してくれる。  しかし人間は、飢えないだけの飯を食わせて、服を着せて温かくして、大きくなるまで面倒を見なくちゃならない。  かといって赤ん坊のうちに間引くと、その分だけ人間が減ってしまう。本は僕ら人間が子をなすための重要な触媒だ。が、一方で僕ら人間もまた、本が子をなすためには不可欠な触媒でもある。  本は人間に読まれ、そこで新たな感動や解釈が生まれると、それを自ら本として編み、生み落とす。そうして生まれた新たな本が新たなパートナーと出会い、次世代の本や人間を生むのだ。  そうやって、人間と本とは持ちつ持たれつの関係を築いている。  でも僕は、現状、その円環から弾き出されたまま、ふよふよと孤独の中を漂っている。別に苦ではないのだけど、でも、ふとした折、何を思うでもなく最寄りの書店に足が向いてしまうのは、心の底では求めているのだろう。パートナーを――出会うことで新たな命と、そして感動を得ることのできる本を。  運命の一冊とやらを。
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