運命の一冊

1/7
前へ
/7ページ
次へ
 友人のところに六人目の子供が生まれた。  今度の子は本だそうだ。上五人のうち二人が人間だから、今度の子が四人目の本、ということになる。お盛んなことだ。 「その本は、もう書店に?」 「いや、今回のやつは語彙的にちょいと難解でね。二番目のチビには早すぎるから、あいつの成長を待とうと思う」  そういえば以前、彼は言っていた。家族は、全員で読み切ってから送り出す。それが我が家のモットーだ、と。 「お前も読んでみるか? 案外、運命の相手だったりして」 「いやいや、絶対ありえないから。『最果て』さんはともかく、お前の脳味噌がひり出したものをパートナーにするだなんて考えただけでもぞっとする」 「ひっでぇ物言いだなぁオイ!」  そして友人は、ひとしきりカラカラと笑う。そんな彼の好みは明朗かつ豪快な冒険物語で、彼のパートナーである通称『最果て』(正式なタイトルは『勇者リキッドは最果ての海を目指す』)さんは、彼にしてみれば、まさに運命の一冊だったと言えよう。  友人が、たった三年の結婚生活で六人(二人と四冊)もの子供を儲けられたのも、『最果て』さんとの相性が抜群に良かったからにほかならない。 「まぁ確かになぁ、お前、昔から小難しい本が好みだったもんなぁ。小難しいっつーかめんどくせーっつーか」  その彼はというと、『ロンは怒った!うおおおおお!』だとか『アベルは剣を振り下ろした!ブゥン!』といった直截な……といえば聞こえはいいが、とにかく詩情に欠ける描写を好んでいて、その彼からすれば大概の本は「小難しい」ということになってしまう。 「まぁ……僕としては、無理に見つけなくてもって感じだけどね」  すると友人は、珍しく真面目な顔でかぶりを振る。 「いいや、無理にでも見つけろ。マジで変わるから。見える景色が」  それは彼の口癖で、曰く、運命の一冊を見つけると、その瞬間から世界が別物のように変貌するのだという。それまで存在を知らなかった三つめの瞼を開いたような心地、と彼は表現する。見えなかったものが見えるようになり、それまで見えていたものは、より鮮やかな色彩を帯びる。  世界に対し、心が、いや魂が開く。  それが、運命の一冊と出会うことだという。  でも僕は、未だにその感覚を知らない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加