一つの顔、二つの記憶

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 彼は、(おり)の中でうずくまっていた。警察署内にある留置所の中だ。 「面会だ。小林リクト」  留置担当官に名前を呼ばれた。  連れられて行った先には、記憶再生センターの山田医師が座っていた。   「小林リクトさん、ですか?」  そんなことを言う山田医師に苦笑いを浮かべながら答える。 「僕は鈴木ショウです。どうしてこんなことになっているんですか? あなたなら知ってるでしょ」    冷たく乾いた彼の声が部屋の空気を揺らす。山田医師は微かに眉を動かした。彼女の瞳の中の光が揺れ動いた。 「あなたから、リクトさんの記憶を覗き見ることはできるんですか?」  そう言いながら、山田は椅子の肘掛けに指先を絡めた。 「ふたりがいるのは僕の脳の中です。いや、リクトの脳の中か……。当然できます。だから、あなたが山田先生だとわかるんです」  山田は一瞬、息を詰めたように見えた。 「そうよね。本当なら、初めましてだもんね。どこまで知ってるのかな? 言い換えるわ。記憶はどれくらい繋がったかしら」  小林リクトには記憶障害があり、一日分の記憶しかできなかった。ニ年前から物忘れが、だんだんひどくなり、結果的に一日で記憶が消えるようになったので、記憶再生センターに治療で通っていた。  山田医師は、センター長だった。
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