side Shizuku 自覚

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side Shizuku 自覚

 夕食後に家族で食べた満のおばさんが作ったチーズケーキは、やっぱりとてもおいしかった。  満足した気持ちで自分の部屋に入ると、まだカーテンを開けたままだった窓の向こうに、満の部屋が見える。  部屋の灯りがついているから、もう部屋にいるんだ。  ……だからって、関係ないし。  力をこめてカーテンを閉めた。  満は、かなりモテる。  あのルックスだし、女の子みんなにやさしいし。  告白してきた子には絶対断らないらしい。  二股とかになりそうなものだけど、どうしてかトラブルにならないし、別れた子たちも満のことは悪く言わないから不思議だ。  満に聞いたら、別れるときには女の子のことを絶対に悪く言わないのがコツとか言ってたけど、私には理解できなかった。 『雫がガキなんだよ』  なんて言って笑ってた。  ……思い出したら、ムカついてきた。  私は溜息をついて、ベッドに横になった。  最近、満とは子どもの時みたいに上手く話せない。  小さい頃からずっと一緒にいて、兄妹みたいな物だと思っていたのに。  何が変わったんだろう、と考える。  中学の頃から、満には彼女ができたりしてたけど、またかって思うくらいで、あまり気にならなかった。  やっぱり、高校に入ってから。  満が吸血鬼の身体になっていくのが、私が見ていてわかるようになってきてからだ。  他の人はたぶん誰も知らない。  でも確実に、満は変わっていった。  なんだかずんずんと先に行ってしまうような、……生き急いでいるような。  私には、近づきにくい雰囲気になったように感じられた。  そしてその分、こんな風に満のことを考える時間が増えた。  ふと、窓にコツンと何かが当たる音がした。  起き上がるともう一度コツンと音がする。  カーテンを開けたら窓の向こうに、窓から顔を出している満が見えた。 「なに?」  こちらも窓を開けて声をかけた。  少し風が出てる。  私の肩下の長さの髪が風になびくのを、首元でおさえた。  髪は束ねておくんだった、と少し思った。 「お前、親に言うなよな」  満は不機嫌そうな顔で、こちらを睨みつける。 「何が?」  満が何を言いたいのかはわかってたけど、とぼけておいた。 「……次はほんとに言うなよ」  次があるのかよ、と言いたくなったけど、その言葉は飲み込んだ。 「あと、今の、ゴミだから拾っといて」  と、自分の言いたいことだけ言って、ピシャリと窓を閉めてしまった。 「ちょっと、なんで私が……」  そう言っても、満にはもう聞こえない。 「自分勝手……!」  何かを投げつけてやりたいけれど、何もできなくて、ただ溜息をついて窓を閉めた。  今日一日の満の言葉を思い出しても、何を考えてるのか全然わからない。 「あのバカ……」  腹が立って仕方がない。  それと同時に、寂しくなる。  物理的な距離なら、彼女よりも近い。  たぶん他の誰よりも、満のことを知ってる。  それなのに、今の満が何を思っているのか、全然わからないなんて。 「いってきまーす」  次の日、いつも通りに玄関を出ると、ほぼ同時に外に出てきた満に出会った。 「よう。おはよ」  昨夜ほどの不機嫌さは感じられなかった。 「おはよ。……珍しく、早いじゃん」  自然と、並んで歩き始める。  当たり前だ、同じバスに乗るんだもの。 「ああ、昨日、キスできたし」 「は……?」  満の言ってることが一瞬よくわからなかった。  そしてその後、かあっと全身が熱くなるような感覚になる。 「やっぱ血液の方が濃くていいんだろうけどさ。何もないよりマシ、みたいな? おかげで朝ちゃんと起きられたし」  ちょっとした栄養ドリンクを飲んでみた、くらいの言い方だった。 「なんか思ってたよりやらせてくれなくてさ、今の子」  今までも、そうだったんだろうか。  そう言われれば、時々今日みたいにちゃんと朝普通の時間に起きて学校に行けることもある。  そういう日は、やっぱりそうだったんだろうか。 「……そんな話、私にして楽しい?」  むかむかする。  それはもう、指先が震えるほどに。 「別に楽しいわけじゃないけど」  そう言う言葉が聞こえたのとほぼ同時に、私の手が動いた。  パンッ。  力いっぱい満の頬を叩いた。 「最低。……大っ嫌い!」  満の顔は見られなかった。  泣きそうな気持ちのまま、バス停に急ぐ。  この時間に同じバスに乗る客は多いから、先に並べば満の側になることはないと思った。  満のバカ。  大っ嫌い。  そう思いながらも、満の頬を叩いた手のひらが、やけにヒリヒリと痛んだ。  どうしてこんなに、満のことが気になってしまうんだろう。  満の一言やちょっとした行動ひとつひとつに、一喜一憂したりして、馬鹿みたいだ。  それから、四日ほどたった。  満とはあれから口を聞いてない。  朝も迎えに行くのをやめた。  一昨日と昨日の夜、満の部屋からまた窓に何かを当てられたけど、聞こえない振りをしていた。 「ねえ、雫。帰りにアイス食べに行かない?」  お弁当を食べているときに、奏絵に誘われた。  バスの乗り換えに使うバスターミナルがあるビルに、おいしいアイスクリームショップがある。 「うん、いいよー」  帰りにどこかに寄った方が、満と鉢合わせになることが少なくなる。  一昨日はバスターミナルで同じバスになりそうになって、意味もなくビル内のショッピングエリアで時間を潰すことになった。  そんなこともあって、奏絵に軽く返事をした。  カップに盛られたアイスクリームをスプーンですくって食べながら、他愛もない話をしていると、気が紛れてちょうどいい。  そう思っていたのに、 「そういえば、ミッチー、もう別れたんだってね」  ふいに、奏絵が言った。  ミッチーとは、満のことだ。  私以外の友達は皆、満のことをそう呼んでいる。 「え?」  全然知らなかったから、思わず聞き返してしまった。 「やだ、雫、知らなかったの?」 「うん、……だって、彼女とは別に知り合いでもなかったし」  その子は隣のクラスの子で、同じクラスになったこともなければ友達との繋がりもなかった。  満ともこのところ口を聞いてないから、知る由もない。 「あたしの友達の友達が、彼女だったんだけどさ。一昨日かな? 別れたんだって」 「へえー……」  胸の奥から、ざわざわといろいろな感情が湧きあがる。  四日前、満の頬を叩いた手の感触も蘇ってくる。  もしかして、私のせい?  そんな考えは一瞬で打ち消す。  満は私のことなんか気にも留めてないはずだから。 「今回は早かったねー」 「うん、……まあ、そうだね」 「なんかさ、聞いた話なんだけど。彼女泣いてたって。珍しいよね、いつも円満解決なのに」 「え……そうなんだ」  なんと返事をしていいのかわからなくて、そんな曖昧な相槌を打つ。  先日の朝、満が話していたことを思い出していた。 『なんか思ってたよりやらせてくれなくてさ、今の子』  満にとって恋人の女の子って、それだけなの?  告白されて付き合うんだったら、『好き』という気持ちは薄いかもしれない。  それでも、身体の結びつきを優先するって、何かが違う気がする。  好きだったらすぐにそういうことをしてもいい、って訳じゃない気がするけれど。 「雫はミッチーのことどう思ってんの?」  突然の問いに驚いて、アイスクリームのカップを落としそうになった。 「え、何? 急に」 「幼馴染なんでしょ?」 「幼馴染だからって……いちいち何もないよ」 「そうかな? ミッチー、雫のことはなんか違うというか、……好きとかいうのも違うかもしれないけど、他の人とは違う感じがするけどな」 「えー……どのへんが?」  全然、そんな自覚がない。  どちらかと言うと、満は私よりも他の女の子に対しての方がやさしかったり親切だったりするし。  変に特別視されても、満のことが好きな女子たちの一部からよく思われないだろうから、全然いいんだけど。 「なんだ、何もないんだ。あたしの気のせいだったのかなー」 「そうだよ、幼馴染だからって、奏絵が思ってるみたいにくっつかないんだよ」  そう、満と恋人になるなんて、世界が狭すぎる。  そんな風にも思うけれど、胸の中のざわつきは抑えられない。  そのうち、奏絵との話題は違うものに変わったけれど、頭の中では満のことばかりが浮かんでいた。  お風呂の後、自分の部屋に戻ってカーテンを引こうとして、手を止めた。  満の部屋は灯りがついている。  私の気持ちは、どうなんだろう。  満のこと、やっぱり他の男子とは全然違う。  好き……なんだろうと思う。  だから、満が他の子と付き合ったり別れたりすると、いちいち気になって動揺したりしてしまうんだろう。  でも。  他の子はきっと知らない、満の身体のことを私は知っている。  それを……吸血鬼の血を、私は受け入れられるだろうか。  小さく溜息をついて、カーテンを引こうと手に力を入れた瞬間、満の部屋のカーテンが突然開いた。  灯りを背にしているけど、満が驚いた顔をしているのがわかる。  そして私もびっくりして動くことができなかった。  その間に満は窓の鍵を外して窓を開けた。 「よう」 「う……うん」  上手く挨拶ができなくて、変な返事になってしまった。  そんな私を見て、満は思わず吹き出す。 「何よ」 「そんな警戒しなくてもいいじゃん」  呆れたような顔をしてそう言う、満の顔を真っすぐ見られなかった。 「別に、警戒なんか……」 「昨日も一昨日もシカトしてたくせに」  満は私の気持ちなんか全然気にせずに、ニヤニヤしながらそんなことを言う。 「それは……それは、満がデリカシーないこと言うから……」 「あー……それは、ごめん」  と、意外と素直に謝ってきた。 「あ…私も、叩いて……ごめん。……えっと、……別れたんだって?」 「あれ、知ってんの?」  満は少し驚いたような顔をした。 「奏絵から聞いた。……なんで?」  少し肩をすくめて、首をかしげる。 「なんでって言われても。合わなかったとしか」 「泣かせたんだって? 珍しい」 「ああ……、奏絵ちゃん、そんな事まで言ってんの?」  満はそう言って苦笑いした。 「うん、まあ……」  奏絵の名誉のためには黙ってたほうがよかったのかな、と思った。 「なんか……うーん、……またデリカシーないとか言われそうから、言わない」 「……あ、そう」 「ま、良かった」 「何が」 「雫が普通にしゃべってくれて」  満はそう言ってニコニコしてる。  そういうこと言うから、そういう顔するから、満のことがますますわからなくなる。 「……別に、いつも普通だし」  でも本当は全然普通なんかじゃない。  やっぱり私、満が好きだ。  だけど、どうしたらいいんだろう。
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