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あなたのそばに夢幻堂
その日は珍しく残業もなく、定時退社できた。
なので、いつも遅くまで起きて待っていてくれている妻への感謝の証として、ちょっと高いワインを買って、帰路を急いでいた。
そんな時のことだ。
(……あれ? こんな所に本屋なんてあったっけ?)
勤め先から程近い商店街を歩いていたら、不意に、路地裏に建つ一軒の本屋が目に入った。
店構えは随分と古く、どう見ても昨日今日開店した風情ではない。
この街に通ってしばらく経つが、今まで全く気付かなかった。
(せっかくだから、ちょっと寄ってみるか)
特に読書が趣味という訳ではない。が、この店には、何となく心惹かれるものがある。
心の中で妻に謝りつつ、僕は古いアルミサッシの引き戸を開け店内に入った。
「いらっしゃいませ」
しわがれた声の主は、いかにも「個人経営の本屋の主でござい」といった雰囲気の老人だった。
くたびれたポロシャツとチノパン姿の上から、やはりくたびれたエプロンを身に付けている。エプロンには「夢幻堂」と書かれている。
店内を見回す。
どうやらかなり手狭な店のようで、四畳半程度の広さの中に棚が三列並べられ、様々なサイズの本が押し込められていた。
古書店のような雰囲気だが、見たところ新品ばかりのようだ。
しかし――。
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