あなたのそばに夢幻堂

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 帰宅ラッシュ時だというのに、電車の中はやけに空いていた。  僕は体よく席を確保し腰を落ち着けると、早速とばかりに先ほど購入した文庫本の表紙を開いた。  ――物語は、なんというか、とても地味だった。  とある地方都市に生まれた主人公の「僕」が、ごく普通に進学しごく普通に就職し、結婚していく、そんな話だ。  抑揚もへったくれもない。普通だったら「金返せ」と思いたくなるレベルで、なにも起こらない。    にも(かかわ)らず、ページをめくる手が止まらない。何故ならば。 (この主人公、僕とそっくりじゃないか)  そう。小説の中の「僕」は、出身地も血液型も、両親の職業も、あまりにも僕と似通っていた。  まるで僕自身をモデルに描かれたかのようだ。  結婚相手も僕の妻そっくりだし、勤め先だってそうだ。  何かに急き立てられるように、ページをめくり続ける。  平凡な会社勤めの毎日も、残業続きの日々も、妻がいるから頑張れるという「僕」の呟きも、何もかもが僕自身を思わせるそれだった。  そして――そのページが訪れた。  残業続きだった主人公は、珍しく定時で退社できた。  妻へのお土産に良いワインを買って、その帰り道に不思議な本屋に出会い――。  思わず、ページをめくる手が止まる。  小説の中の「僕」は、いつしか現実の僕に追い付いていた。  となると、この先のページに待っているのは、僕の未来ということになる。 (何を、そんなバカな)  何かの偶然だろうと自分に言い聞かせながら、震える指でページをめくる。  そこに描かれていたのは、身の毛もよだつ「未来」だった。
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