あなたのそばに夢幻堂

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 嫌な予感に突き動かされるように、音もなく玄関を開け、自宅マンションの部屋に忍び入る。  玄関には、我が家では見慣れぬ靴。僕のものよりも随分と大きい、男物のビジネスシューズだ。  息を殺しながら玄関を上がると、リビングからはくぐもった男女の声が聞こえてきた。  女の方は、間違いなく妻の声。男の声にも覚えがある。――僕の親友の声と、そっくりだった。 (小説の通りなら、この先には)  脳内に鳴り響く警告音を無視して、リビングの扉に忍び寄り、そっと中を窺い、息を呑む。  ――筆舌にしがたい光景というのは、きっとこういうものを指すのだろう。  中で行われていたのは、紛れもない背徳の宴。  僕の最も愛する女性が、僕の最も信頼する男と、許されぬ行為を交わしている姿だった。  二人とも行為に夢中で、僕が帰ってきたことに全く気付いていない。  熱い愛の言葉を囁き合い、蠢いている。  冷めきった脳髄に突き動かされるように、僕はカバンの中に手を差し入れた。  そこにあるのは、先ほど購入したばかりの、冷たく尖った金属の塊。  僕は大きく息を吸うと、音もなく二人に忍び寄り、その凶刃を振るった。  何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。
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