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家に帰ると、扉の前に見慣れない人影がいた。白いブラウスに柔らかな色の上着を羽織った妙齢の女性が2人。しっかりとした身なりが余計に、私の警戒心をかきたてた。彼女たちは私の部屋の扉の前にじっと佇んで、にこにこと貼り付けたような笑顔を浮かべている。
彼女たちは私の姿を見つけると、「こんばんは」と朗らかに会釈した。
「貴方は天使と暮らしていますね」
続けられた言葉にぞわりと全身の毛が逆立つ。断定だった。
この手合いには今までも何度か遭遇した。例の新興宗教の関係者だ。
「いけませんよ、天使の独占は。彼らは選ばれた人間なんです。然るべきところで保護しないと。邪悪な人間に触れでもしたら穢れてしまいます」
距離を詰められるより先に、ドアノブに手をかける。この手合いに言葉を返しても意味がないのは経験済みだ。
彼らは天使を神に選ばれた新人類としている。外気に触れると天使が穢れるの宣い、罹患者を集めては彼らが管理する施設に軟禁しているのだ。天使を崇めるわりには、信者間で共有する所有物としている節もある。それでいて、それらすべてが『天使のため』になると本気で信じている。
「触ったら警察を呼びますよ」
伸びてくる手を睨みつけてぴしゃりと言い放てば、怯んだように動きが止まる。その隙に素早くドアを開けて部屋に滑りこむ。すぐに鍵をかけてチェーンをつけた。ドアスコープを覗くと、女性たちは顔を見合わせ何ごとかと囁き合うと去っていった。離れていく足音に、ほっと息をつく。
越してきたばかりだというのに、もう住所が割れた。
ここ半年で3度目の引っ越しだった。天使教の関係者が自宅に押し掛けるため、一ヶ所に長く住むことができないのだ。
だが、今回のアパートは親戚の持ち物ということもあって融通が利く。隣人の吉崎さんもかなり図太い性格らしく、私の留守中にやってきた信者を代わりに追い払ってくれたこともある。
けれど、まあ、それも限度がある。
「次来たら、警察呼ぶか……」
天使病罹患者の宗教関係のトラブルは少なくない。どこまで真面目に取り合ってもらえるだろうか。
「阿須加……」
名前を呼ばれてハッとする。真っ暗なリビングの隅で、隼人が身体を小さくして震えていた。彼が手に持つフライパンに、あの信者の来訪のせいで電気も付けられずに怯えていたのだと悟る。私が声もかけずに入ってきたものだから、生きた心地がしなかっただろう。
「ごめん、怖がらせたね」
「外に……いなかった? あの、」
「もういないよ」
すっかり冷えてしまった身体を温めるように抱きしめる。大きな翼はふわふわとしていて、手触りが良い。だが、彼を抱きしめるには少し邪魔だ。
「ごめん、俺のせいで……引っ越してきたばかりなのに」
「隼人のせいじゃない。叔父さんは好きなだけ居ていいって言ってくれてるし、好い人だから言えばちゃんと力になってくれるよ」
「うん……ごめん」
私の言葉に、隼人は涙交じりに頷く。
こんな言葉がどれほどの慰めになるのだろうか。胸が締め付けられるような思いがした。同時に、非常識かつ無遠慮にこちらの領域を侵犯してくる者たちに対して、強い怒りが湧いてくる。
不安を煽るばかりの情報番組、間違った情報をそれらしく発信するSNS、それを広めるインフルエンサー、情報の審議も確かめずに他者を弾圧する群衆、支離滅裂な教義を掲げる自称宗教家……。彼を傷つける者共はすべからく滅んでしまえと思った。
蔓延る悪意から、隼人を守らなければ。
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