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『昨夜未明、東京都××区在住の鈴木さん(仮名)が自宅に窓から転落する事故が起きました。鈴木さん(仮名)は救急車で搬送されたのち、病院で死亡が確認されました。鈴木さん(仮名)は天使病に罹患しており自宅療養中でしたが、目撃者からは「翼を動かして飛ぼうとしているように見えた」「本人はパニックに陥っており、とても自殺には思えなかった」という証言が寄せられています』
神妙な顔のニュースキャスターが読み上げる事件に、隼人も私も釘付けだった。
天使の転落死。書き出してみると奇妙な感じがするが、ありえない話ではない。
彼らはあくまで翼が生える病気にかかった人間なのだ。翼以外の器官はそのままであるし、翼が生えたからといって、飛び方を知っているわけではない。ひな鳥でさえ親から飛び方を習うのに、生まれた時は2本の足しかなかった人間が、飛べる訳がないのだ。現在の日本においては、天使だって転落死くらいはする。
画面が切り替わる。カメラは天使病を研究している医師を映し出していた。
『今回の事件は肩甲蕀過発達症の末期に起きる症状が原因でしょう。新しく発達した筋肉の反射により、羽膜が羽ばたきのような動きをするのです。末期患者は羽膜が身体より大きいので、浮いてしまうんですね』
だが、飛べるわけではない。だから、転落して死ぬ。
そっと隼人の翼を見た。隼人自身と同じくらいの大きさをしたそれが、とてつもなく恐ろしいものに見える。
また場面が切り替わった。呑気な顔をした通りすがりの人間が、一様に真面目くさってコメントを残す。
「怖いですね」
「もし上から落ちてきたかと思うと」
「可哀想です」
「ぞっとします」
「早く治療法が見つかればいいのに」
「まるで、空に呼ばれているような」
「恐ろしいことで」
「同情はします」
最後に信者らしい女がヒステリックに叫んだ。
「天使は神のみもとに還るのです!」
何も言わずにテレビの電源を切った。
肩に頬を寄せてくる隼人を抱き寄せる。震えている温い身体。温かく感じるのは、恐怖か怒りかで、私の身体が冷えきっているからだった。
意外と冷静な思考で思ったのは、腕の下にあたる彼の翼が、やはり邪魔くさいということだった。
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