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 翌朝、ゴミ袋を持って階段を降りると、吉崎さんがいた。「おはようございます」なんていつも通り挨拶をして重たい袋をごみステーションに下ろす。  ゴミ袋の中に詰め込まれた羽根が見えたのだろう、吉崎さんは眉を上げた。   「天使でも殺したか?」 「……まあ、そんな所です」  私の返答に吉崎さんは息を呑んだ。焦りを誤魔化すようにタバコに火を点ける。そして、私を追いかけて来た隼人を見て、折角火をつけたタバコを取り落とした。 「パン屋行くんだろ。はやく行こうぜ」 「ひっぱらないでよ、もう」  彼と外を歩くのは久しぶりだ。  びっくりした顔のまま固まる吉崎さんに会釈しながら、手を引かれるままに歩き出す。  隼人曰く、あの翼は寄生虫のようなものなのだという。  熱が引いた後、隼人自身はぼんやりと夢を見ている感覚に近かったという。翼に意識を乗っ取られていたらしい。自分であるけれど、自分の意志で動けないような、緩やかな精神支配を受けていた。彼らには宿主の記憶を読む力があるらしく、行動や思考回路に大きな齟齬は生まれない。少しの違和感は病気という誤解でごまかせる。その上、あの生物は軽く周囲の人間を催眠状態にすらするという。  道理で、と私は頷くばかりだった。  天使病の感染経路や治療法が確立されなかったのは、彼らが慮外の寄生生命体であったからなのだ。一番多く接する医者や研究員は、真実に辿り着けないように催眠がかけられている。だから、治療法として翼の切除という試みがされなかったのだ。私も感情のままに行動するまで疑問に思ったことすらなかった。  正直に言って、隼人も私もあの生物については何もわからない。  どこから来たのかも、何が目的なのかも。  当事者でさえこうなのだ。世間が、国が、世界が、天使の正体について知るのは、もっと先のことになるだろう。  そんな中、私にも言える確かなことが1つだけある。  天使は月曜日に、可燃ごみで捨てる。
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