3人が本棚に入れています
本棚に追加
7
翌朝、ゴミ袋を持って階段を降りると、吉崎さんがいた。「おはようございます」なんていつも通り挨拶をして重たい袋をごみステーションに下ろす。
ゴミ袋の中に詰め込まれた羽根が見えたのだろう、吉崎さんは眉を上げた。
「天使でも殺したか?」
「……まあ、そんな所です」
私の返答に吉崎さんは息を呑んだ。焦りを誤魔化すようにタバコに火を点ける。そして、私を追いかけて来た隼人を見て、折角火をつけたタバコを取り落とした。
「パン屋行くんだろ。はやく行こうぜ」
「ひっぱらないでよ、もう」
彼と外を歩くのは久しぶりだ。
びっくりした顔のまま固まる吉崎さんに会釈しながら、手を引かれるままに歩き出す。
隼人曰く、あの翼は寄生虫のようなものなのだという。
熱が引いた後、隼人自身はぼんやりと夢を見ている感覚に近かったという。翼に意識を乗っ取られていたらしい。自分であるけれど、自分の意志で動けないような、緩やかな精神支配を受けていた。彼らには宿主の記憶を読む力があるらしく、行動や思考回路に大きな齟齬は生まれない。少しの違和感は病気という誤解でごまかせる。その上、あの生物は軽く周囲の人間を催眠状態にすらするという。
道理で、と私は頷くばかりだった。
天使病の感染経路や治療法が確立されなかったのは、彼らが慮外の寄生生命体であったからなのだ。一番多く接する医者や研究員は、真実に辿り着けないように催眠がかけられている。だから、治療法として翼の切除という試みがされなかったのだ。私も感情のままに行動するまで疑問に思ったことすらなかった。
正直に言って、隼人も私もあの生物については何もわからない。
どこから来たのかも、何が目的なのかも。
当事者でさえこうなのだ。世間が、国が、世界が、天使の正体について知るのは、もっと先のことになるだろう。
そんな中、私にも言える確かなことが1つだけある。
天使は月曜日に、可燃ごみで捨てる。
最初のコメントを投稿しよう!