22人が本棚に入れています
本棚に追加
銀色の市電に乗った佳乃さんを見送り、ぼくは反対側のホームに立った。近ごろは六時を過ぎるとすぐ暗くなる。スマホを取り出し、今度は自分からメッセージを送った。
『今日はありがとうございました! ところで日本酒はお好きですか? 美味しい創作和食の店があるので、来週の土曜日に行きませんか』
『いいですね。ぜひ!』
すぐに返事が来て、思わずにやけてしまう。万事順調だ。蜃気楼カツ世のことにも区切りがついたし。
切羽詰まった表情でカツ世について説明する佳乃さんを見て、ぼくは決めたのだった。カツ世ごと彼女を受け入れよう。そして、いつかはカツ世から卒業させてあげよう。カツ世の代わりに、ぼくが彼女を支えるのだ。
そんなことを考えていたのだった。
『すみません。土曜日の約束、キャンセルさせてください』
そのメッセージが届いたのは、月曜の朝のことだった。
『了解です。仕事のトラブル? お疲れさま』
満員電車の中、メッセージを返す。すぐに既読がついたが、返事はそれきり来なかった。
こっちから再度送るべきなのか? それとも時間をおくべきか……。
似たようなシチュエーションなら、ネットの質問サイトに山ほど転がっている。相談せずにはいられない人びとの気持ちが、今になって理解できた。
しばらくようすを見たが、次の週に入っても連絡がない。会社の昼休み、ぼくは思い余って新しいメッセージを送った。
『その後どうですか。よければランチでも』
既読がついた。
数分が経った。
もう、返事をするつもりもないのだろうか。焦りがつのる。なんとか言ってくれ。会いたくないなら、会いたくないと言ってくれ……!
『今週はまだ日が悪いので、来週でもいいですか?』
とうとう返信が来たのは、業務再開の五分前だった。『もちろんです!』と送り返し、『食べたいものはありますか?』と質問しかけて、ぼくはふと佳乃さんのメッセージに目を留めた。
どういう意味だろう。『まだ日が悪いので』とは。
もちろん色々な意味が考えられる。だがぼくの脳裏には、毛筆体のタイトルがでかでか印刷された例の本が浮かんでいた。
まさか、カツ世の占いが関わっていたりしないよな……?
混乱している間に昼休憩が終わった。午後の仕事は、内容がまったく入ってこなかった。
最初のコメントを投稿しよう!