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恥ずかしさのあまり身悶えする。とたん右肩で激痛が燃え、ぼくはうめいた。
「蒼太さん!」
すぐ近くで、ぼくの上にかがみ込んでいる人がいる。
「佳乃さん……」
「起き上がらないでください。頭は打っていませんか?」
反対側からは駅員の男性ものぞき込んでいた。強打した右肩は痛むものの、他にケガはないようだ。駅員は「そろそろ救急車が来ると思います」と言い、人をかき分けて行ってしまった。
人が減ったホームの床に、ぼくは寝かされている。頭の下には、佳乃さんのバッグが敷かれていた。
「さっきの、電車は」
「行っちゃいました。ブレーキが間に合って、本当に良かった……」
佳乃さんの肩が震えている。ぼくはヨロヨロと体を起こした。
「蒼太さん、横になってないと」
「大丈夫、打ちどころは悪くなかったみたいだから。……これで済んだのも、赤い電車のおかげかもしれないですね。ほら、今日のラッキーカラー」
気恥ずかしさもあり、おどけた調子で言ってみる。佳乃さんはきょとんとした顔でぼくを見たが、すぐにじわじわ紅潮し、両目が吊り上がった。
「ラッキーなはずないでしょ!」
突然の大声に、まだ残っていた人びとが振り返る。佳乃さんは枕代わりになっていたバッグをひっつかみ、『蜃気楼カツ世のミラージュ大開運』を引っ張り出した。
「もう信じない、こんなもの!」
本を放り投げようとする。ぼくは慌ててその腕にしがみついた。
「離してっ」
「待って佳乃さん、カツ世を捨てないで!」
もみ合って本が落ちる。力の抜けた佳乃さんがもたれかかってくるのを、ぼくは受け止めた。
「なんなのよ……。さっきまで、あんなに否定的だったのに」
「佳乃さんこそ、さっきまで全肯定だったじゃないか」
反論するぼくを、涙目で睨んでくる。その表情が可愛く思えて、どうすれば挽回できるのか、いま無性に検索したかった。
結局、似た者どうしなのかもしれないな。ぼくも彼女も、周りで「カツ世って?」と首を傾げている人たちも。みんな自分なりのカツ世を心に持ち、ときどき頼りながら生きているのだろう。
「佳乃さん、さっきはごめん」
投げ出された本は、ページの中ほどが開いた状態で落ちていた。
『人生は一冊の本。山あり谷あり、生きている間に勝手に傑作となっていくもの。悩み過ぎず、筋トレでもしましょう。終わりよければ全てヨシ! です』
そこに秋風が吹いて、本を閉じた。
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