蜃気楼カツ世のミラージュ大開運

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 マッチングアプリで「いいね」を送った相手は数しれない。そこからメッセージをやり取りできたのはほんの数人で、会う約束までこぎ着けたのはたったの二人。そのうち一人は待ち合わせ場所に現れず、リアルで会うのは実質、(よし)()さんが初めてだった。  ……これは、運命と言ってもよいのではないだろうか。  初めての待ち合わせ場所は、彼女からのリクエストで紅茶のおいしいカフェとなった。 「本物の(そう)()さんが目の前にいるの、なんだか不思議です。これまでずっとアプリ越しだったから」 「わかります」  ぼくはうなずきながら、向かい合って座る佳乃さんを盗み見た。年齢はぼくと同じ、二十代なかばと聞いている。だが彼女のはにかむような笑顔や、青いカーディガンからのぞく白い手首には、なんとなく少女めいた雰囲気があった。  桜色の指先に見とれていると、向こうもぼくの手もとに目を留めた。 「蒼太さんの時計、おしゃれですね」 「ああ、これ?」  ぼくは、青いベルトの腕時計がはまった左手を持ち上げた。 「服の色が地味なので、着けてみました。差し色っていうのかな」  なぁんてさりげなく言ったけど、実はネットでめちゃくちゃ調べた。『男性のデート服は、ベージュかグレーのモノトーンに差し色の小物を足すくらいでちょうどいい』。ウェブマガジンの教えをきっちり守り、時計以外はグレー系でまとめてきている。 「そういえば、佳乃さんのカーディガンも青ですね」 「わ、本当」  そこに注文のケーキセットが届いた。佳乃さんに紅茶を注いでもらい、ひと口飲む。なにこれすごく美味しい。この時間を少しでも長く味わおうと、ぼくはケーキをちみちみ切り取る。 「佳乃さんも、青がお好きなんですか」 「ええ。それに今日は、青がラッキーカラーだったから」  意外にミーハーなところも好ましい。「ラッキーカラーって、朝のニュースの占い? あれ、なんか見ちゃいますよねえ」 「ああいえ、そういうのではなくて」  佳乃さんは小さくかぶりを振ると、フォークを置いた。足もとのカゴに入れていたバッグを引き寄せ、中を探る。取り出したのは、A5サイズ大のペーパーバックだった。白いツルツルした表紙いっぱいに、毛筆体のフォントでタイトルが印刷されている。 『占い師・蜃気楼(しんきろう)カツ()のミラージュ大開運  ――必読! あなたの人生を導く運命の書』  本をかかげながら、佳乃さんはにこやかに言った。 「蜃気楼先生の占い、すごく当たるんです!」
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