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2話:神聖な木
ヴェヒターとアンデレ村の大人四人は、馬車に手に入れた品々を乗せて帰っていた。
買い物中に出会ったエルフェンという女性もアンデレ村を目指しているため連れていくことになった。
大人たちはエルフェンを崇拝の対象として、移動中も時々手を合わせている。
ヴェヒターが転んで怪我をしそうな状況で助けてくれたのはエルフェンだったが、いきなり現れてみんなの注目を奪っていったのは気に入らない。
「ヴェヒター? どうした」
「その人を神様だと思っているの?」
「長くて尖った耳、服に付いてしめっている羽の数々、神聖な佇まい。子供はまだ知らないと思うが、神様だ。村にある書物にも書いてある」
「胡散臭いよ。偽物なら最悪だ。でも神様ならもっと最悪だ。僕の目の前に現れるなんて」
ヴェヒターは両親を亡くしている。
神という存在はどちらにせよ、信用できない。
「私は『神』ではありませんが、『神』として崇められたことは少なくない。私の住処は元々地上ではなく天界、」
エルフェンは青く広がる空を指差す。
村一番の早馬が駆けると心地よい風が全身を覆う。
「人間ではなく妖精。もっとも昔はあらゆるところに出入り口があって、私たち妖精は簡単に地上に出ることができたわ。私がここにいるのは罰と奉仕のため」
エルフェンはヴェヒターを見る。
「妖精は地上の人々の捧げものから力を得て、その力の一部を還元する。だから私はアンデレ村の神様みたいなものよ。でも地上に降りたのは、私がヴェヒター少年の両親を守ることができなかったから。許してもらうために来た」
「ならどうして隣の街にいたんだ!」
「天から落ちる途中で巾着袋を落としてしまった。罪を許してもらうために大事なものが入っている。街まで拾いに来て、ついでに中の種を育てるための道具を一式購入していたの」
「種?」
エルフェンは腰に下げた巾着袋を見せる。
光沢がある四つの球体は宝石にも泥団子のようにも見える。
「世界樹、これを育てると天界への入り口が開くわ。私はアンデレ村のために尽くして許してもらう。世界樹を育てて天界に帰る。買い物に間に合って良かった。魔法を使えばアンデレ村まで走れるけども疲れてしまうから」
「魔法?」
「妖精は人々の祈りや捧げものから魔法を作り、魔法を使って還元をする。太古にそういう取り決めをして、今は祈る人が一人でもいれば還元を続けているわ。もう妖精を崇めていないところもあるみたいだけど」
エルフェンは寂しそうに言う。
ヴェヒターはエルフェンを睨みつけた。
「奉仕をする? 許してもらうために? 馬鹿にしているのかッ! 僕はもう何もないんだぞ」
沈黙が始まる。
「ごめんなさい。でも、魔法も許してほしいって気持ちも本物だから」
エルフェンが馬を撫でると、馬と馬車全体が半透明の緑色に覆われる。
瞬間、馬は興奮して鼻を鳴らし、足で地面を蹴りながら鼻息を荒くすると、一気に走り出した。
大人たちもヴェヒターも、それからエルフェンも必死に捕まって加速に耐える。
帰りは半日で村に戻った。
村長には驚かれたが、エルフェンを見ると手を合わせて納得するのだった。
エルフェンは孤児であるヴェヒターとともに同じ家で過ごすことになった。
ヴェヒターは気に入らない、何も話さないでいた。
エルフェンは種を鉢に植えると、台所の近くで育て始めた。
馬にかけた魔法とやらを水に入れて水やりをしている。
芽が出ると、エルフェンは喜んでいた。
時々エルフェンは村人に頼まれて病を治したり、畑を襲う害獣を払ったり、魚を上手く捕まえる方法を教えたりして、村人からひどく頼られていた。
「ヴェヒター」
「なんだよ、神様」
「両親を救えなかったのは私のせい、本当にごめんなさい」
「力及ばずということは僕にだって分かる。けどいつも私のせいで両親がって言われ続けると傷つくんだよッ!」
「ごめん。あのね、世界樹がそろそろ大きくなり始めたから外に移したいの」
「昨日まで大したこと、」
そのときヴェヒターは天井まで昇っている木を見て、目の前のものが知っている木とは全く別物であることが分かった。
「手伝ってほしい」
「うん」
「どうしたら許してくれる?」
「許すって言えば黙ってくれるのか? その世界樹とやらも大きくなるのか? 黙るなよ」
「うん。この木は私の罪を見守っている。許してもらえれば大きくなる」
「許す。許すからもうどこか行ってくれよ」
エルフェンは世界樹の苗を持って家を出た。
その日、エルフェンは初めて家に戻らなかった。
その日も、その次の日も戻らず。
ようやく帰ってきたと思えば、大量の例の砂糖を固めた菓子を抱えていた。
「なんだよ、それ」
「好きだと思って」
「これで許せと?」
「私がヴェヒターのことを考えて発言できなかったとこについて許してほしい。そうじゃないところに関しては力及ばずで。それと、私はあなたと仲良くなりたい」
「もう、分かったよ。エルフェンは今までどこに行っていたの?」
「世界樹を育てていた。あれは魔力を込めた水を上げると大きくなるのだけど、大きくなる代わりに祈るとそれを叶えてくれる。飴をくださいって願ったわ」
「夢を叶えてくれる? 大きく成長する代わりにって天界に帰るのが遅くなるんじゃ」
「それでもヴェヒターと仲良くなりたいわ。このまま世界樹を育てて、さあ帰りますは悲しいと思うから」
ヴェヒターが飴を舐めて頬を緩めると、見ていたエルフェンは嬉しそうだった。
「見てみる? 世界樹」
「気になるかも」
アンデレ村から出てすぐに、一本の巨木があった。
二階建てのレンガ造りより高い木には巨大な実がなっている。
「夢を叶える果実。代わりに成長は止まってしまうけど」
「これに飴を?」
「うん。魔法で治せない病を治す薬も願ったわ。天界に帰るのは遅くなるけど、神様としては木じゃなくてこの村を育てるつもりじゃないとね」
ヴェヒターはエルフェンが悪い人じゃないと気づいた。
それからは一緒に水やりをしたり、周りの雑草を抜いたり、木の下で涼んで雑談をしたりした。たまには菓子や甘い飲み物を祈って贅沢もした。
そんなある日だった。
大洪水が訪れたのは。
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