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3話:神様の君と捧げる
その日、大雨が降っていた。
村人は畑や牧場を守るための準備として、骨組みを立て、布で覆い、釘で固定して屋根を作っていく。飛ばされないように補強していくが、誰が見ても耐えられないことは明らかだった。
河川の舟を引き摺って守ろうとした者がいたものの、他の村人が必死に止めることで諦めさせることに成功していた。
比較的新しく強度のある家々に避難をした。
一方で、ヴェヒターとエルフェンの家はもう古い。
しかしながら、避難を迫るヴェヒターと世界樹を見に行きたいエルフェンで意見が分かれていた。
「神様はこの雨を止められない?」
「今の私の魔力じゃ足りない。それよりも世界樹を見に行きたい。せっかく育てた木がここで折れてしまったら」
「まだ種はあるよね?」
「ここまで来て無駄にできないわ」
「死にたいの?」
「死なない、妖精だから。こう見えても頑丈なのよ?」
エルフェンは行ってしまった。
ヴェヒターは自分の考えにしたがって村長の家に避難した。
神様が止められない豪雨が続いたら。
いや。
ヴェヒターに嫌われて傷ついていた妖精は神様という立派な身分だろうか?
神様というよりも一人の……。
答えが出ないまま、村長の家で丸くなって眠る。
次の日も、その次の日もエルフェンは戻らなくて、豪雨も続いていた。
食料を各家庭から集めてきたため空腹に耐える必要はないが、ヴェヒターは胸に穴が空いたような虚無を感じ始めた。
「ヴェヒター、神様は、エルフェン様はアンデレ村のために頑張っているのじゃな?」
村長の言葉にヴェヒターは頷く。
実際はあの妖精は天界に帰りたくて、ただ育てた世界樹を守っているに過ぎないだろう。
ヴェヒターの両親を守らなかった神様はまた見捨てようとしているのだ。
きっと。
「そうだよ」
面倒だから肯定をする、それだけのつもりだったのだが。
「そうだよな、エルフェン様は流行り病を素早く治療し、より価値のある肉を作る方法を教えてくれて、畑を害獣から守る方法を教えてくれた。もしこの村がこの雨で駄目になったとしても、神様はよくやってくれた」
村長は諦めているようで、でも神様を崇拝しているようだった。
でもあれは神様じゃない、そんな立派な人じゃない。
むしろ、ただの一人の女性。
そうだ、そうじゃないか。神様じゃないなら、天界に帰りたくて仕方がないのも普通だ。
だって。
「僕だってもう一度家族に会いたいから」
ヴェヒターは家を飛び出す。
老いた村長は家を飛び出すヴェヒターを追う体力がない。
ヴェヒターは走った。そして、世界樹の前に出る。
神様出ないなら帰りたくて当然、謝りたい……。
エルフェンの前にしてヴェヒターはまだまだ浅かったことに気づく。
両手を合わせて祈っている。
「今の私の魔力では足りないって分かっています。どうか、世界樹様、願いを叶えて」
ほら、地上の豪雨に怯えて帰りたがっている——
「天界に帰れなくてもいい。アンデレ村には誰かを失う痛みを感じてほしくない、ヴェヒターに笑ってほしい。罪が許されなくても、どんな大罪人になろうとも、この村を救ってください」
巨木は反応しない。
エルフェンはぺたんと尻を地面に着けて項垂れる。
「エルフェン?」
「ええ、ヴェヒター。ここ危ないよお」
振り向いたエルフェンは涙をこぼして、鼻水も垂らしていた。
神様じゃない、でも魔法を持っているこの人を信じたくて仕方がないのだ。
「僕からも」
僕からもお願いします。
この村を救ってください、もうわがままを言いません。
両親がいないこの世界でも立派に生きていきます、文句ばかり言いません。
だから。
「わたしたちの村を、アンデレ村を救いなさいよ」
エルフェンも祈る。
その祈りが『清い心』が、世界樹を成長させる。
でも願いを叶えるなら大きくはならない、エネルギーを願いに使ってしまうからだ。
「この音?」
地面から轟音が聞こえる。
「ヴェヒター、世界樹がね、答えてくれたんだよ」
世界樹の根が飛び出して走るように根を張る。
そのまま根が水を一気に吸い上げ、沈みつつあった村を救う。
さらに木の枝が広がると村全体を包み込んだ。
雨も風も防ぐ要塞となる。
「あ、あはははは」
ヴェヒターはつい笑いが込み上げてくる。
そして。
「「やったー!」」
ヴェヒターとエルフェンはハイタッチするのだった。
雨が止む。
畑の一部は駄目になったが、その間は世界樹の力で食料を作ってもらった。
肉も出せるとのことで村人には驚かれた。
「世界樹の成長が早い」
「私もこの村のみんなに認められたから。ふむふむ、ヴェヒター少年には苦戦させられたわ。けど、神様にかかればなんてことない」
「世界樹がすごいだけでは?」
「それとね。デレたら、かわいいし、普段とのギャップで最高だから」
「やっぱり嫌いかも。妖精って神様なの?」
「人々がさ、感謝して、求めるうちはきっと」
それから。
ついに世界樹が大きくなって空を貫いた。
どこまでも届く木の果ては見上げても見えない。
村人もヴェヒターも見守る中、エルフェンは帰ることになった。
エルフェンの背中に翼が生える。
村人は両手を合わせて感謝した。
「はい、世界樹の種を上げるわ。育てればきっと願いを叶えてくれる。この木を成長させれば天界にだって行けるから」
「エルフェン、人間は飛べないって知っている?」
「意外と分からないわ。あとこの木は私が天界に着くと消えてしまう。片道専用だから。来たいなら育てて」
「魔力はないけど」
「愛情さえあれば育てられる、そういうもの。じゃあ、」
エルフェンは翼を広げる。
ヴェヒターは手を振る。
「ありがと、ヴェヒター」
「うん。救ってくれてありがとう」
それと、
エルフェンは飛ぶ。
世界樹に沿って、天界を繋ぐ穴に向けて。
そのとき、呟く声が聞こえた。
『エルフェンが初恋だった』
小さな声だったら聞こえないと思って、あのガキが。
エルフェンは微笑む。
これは、『地上』と『天界』を繋ぐ最後の時代、『世界樹』に関する一つの物語である。
――――
ヴェヒター少年は結局残り三つの種を一つも使わなかった。
代わりに神様に祈りを捧げる小さな台を作って、そこに種の入った巾着袋を入れていた。
祈る限り、『妖精』は『神様』であり続ける。
アンデレ村をいつまでも見守ってほしいというヴェヒター少年の気持ちだった。
(天界にて)
「で、振られたわけ?」
「私が振られた? そもそもあれは子供でしょ。子供の頃の約束なんて大したことないわ」
「ならどうして涙目なの? 寿命が違うのは当然。孫までいたのだからヴェヒターは幸せだったでしょ。見守る『神様』がそれではね」
「全うしたかどうかは別」
「好きって言っていたくせに他に女を作ったことはどう思いますか、エルフェンちゃん」
「地上の人間と天界の妖精は結ばれないでしょ」
「昔はあったらしいけどね。例外中の例外といっても昔は地上と天界が近かったから」
「ヴェヒターはそんなひねくれものじゃない」
「本当は世界樹をのぼって会いに来てほしかったわけか。切ない! 実に切ない。本当に育てたかったのは、世界樹ではなくて二人の愛ですか」
「からかうな。というより、そんなことして落ちて死んでしまったらそれこそ悔やみきれないわ」
「種を渡したくせに」
「もういい、帰るわ」
「おお。怖い顔!」
去り際に。
「悔しかったし、少しは期待していた。でも期待だけ」
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